オーディオ用パワーアンプの自作


5:測定・改善

5-0:まず動作確認から

測定の前に動作確認を行います。 動作確認はまずブロックごとに行います。 例えば,電源,電圧増幅段,電力増幅段(出力段)といった具合です。 各ブロックが設計通りの動作になっていることを確認してから全体を組み合わせて最終的な確認を行います。

パワートランスの1次側と2次側の整流回路の配線ができてた時点で電源部分だけで確認を行います。 アンプ基板への配線を全て取り外した状態で電源投入して電源電圧を確認します。 ダイオードや電解コンデンサーと言った有極性部品は気を付けて作業していても間違えることがあります。 無負荷では2割〜3割高めの電圧が出ます。

電源投入前にテスターのテスト・リードをミノムシ・クリップなどで測定ポイントに固定しておきます。 両手が開いている状態にすると余裕をもって作業できるので,ミスを減らすことができます。 赤を電源,黒をグランドに接続します。テスターは2台以上あると便利です。

次は電圧増幅段の電源リップルフィルターの動作を確認しておきます。 電源単体で確認するのでアンプ基板への結線を外しておきます。 ±20Vで安定していればOKです。1Vくらいの誤差は出るかもしれません。

さて,電源とアンプを接続して電源を投入するわけですが, 初めて電源を投入する際はまず電圧増幅段のみで確認を行います。 そうしないと回路ミスがあった場合に,出力段の素子(大体にして高価)が一瞬で昇天します。 今回はパワートランスが別になっているので出力段のパワートランスのヒューズを抜いておきます。

電源投入後まず最初に電源電圧が設計通りか確認します。 どこかに大電流が流れていると正しい電圧になりません。

OKならば定電流源,初段のエミッタ電圧,カレントミラーのエミッタ電圧を測定して電流値が正しいかどうか確認します。

続いて,電圧増幅段の出力,MOSFETのゲート電圧を確認します。 アイドリング電流調整ボリュームを回してゲート・バイアス電圧が変化することを確認します。 アイドリング電流調整ボリュームは最小限に絞っておきます。

電圧増幅段単体では出力から入力へ帰還がかからないので大きなオフセットが出ます。 その状態でざっくりとオフセット調整を行ってから電源を切ります。

いよいよ電力増幅段に電源を接続して電源を投入します。 やはり電源投入前にテスターのテスト・リードをGNDと電源に固定します。

臭いや音に気をつけながら電源を入れます。トランスがうなったり,焦げるにおいがしたら素早く電源を切ります。 何も起きないようならば,まず電源電圧を確認し,正常なら各部の電圧確認を行い,設計通りであることを確認します。

異常がなければ調整です。 まずはMOSFETのゲート電圧を確認します。続いて出力オフセット電圧を確認します。 オフセットは100mV位出ていてもまずは問題ないです。

問題ないようならばアイドリング電流を増やしていきます。 調整時にもテスターのリードをクリップで固定した方が良いです。

ドレインに挿入した0.1Ωの抵抗の両端の電圧を見ながらボリュームを回して10mV(100mA)程度に設定します。 最終的にはアンプの発熱を見ながら150mA〜200mA流そうと思いますが,まずは100mAにしておきます。

オフセット調整と入力バイアス電流調整を行い,もう一度アイドリング電流を調整します。 調整時に電圧ふらついたり,半固定ボリュームの回転に対して急激,もしくは不規則な電圧変化が見られる場合は発振を疑います。 オフセットは10mV以内に追い込むことができますが,電源を入れ直すとまた大きくなったりします。まずはざっくり50mV以内になればOKです。

ともかく,なんとなく調整が出来たら,オシロスコープを出力に接続して発振していないことを確認します。 この際,オシロスコープの帯域制限は解除してください。100MHzなどの高周波で発振している場合,帯域制限がかかっていると発見できません。

ここまで来るのにきっと一苦労あると思います。

これでアンプはやっとスタートラインに立ちました。

5-1:最大出力

ダミーロードを接続して12.6V 0-pの正弦波出力を出せるか確認しました。 両チャンネル同時動作はまだ確認していません。

三角波を入力して出力がクリップした時の波形を観測しました。つまり最大出力時の波形です。 0toPeakで13.4Vですので正弦波に換算すると11.2[W]出せることになります。まずは合格です。

クリップ最大出力
Fig:1 片チャンネル・クリップ最大出力(8ohm):13.4V 0-p

パワーアンプの自作では最大出力が設計通りに出せることがひとつの指標になります。 正しく設計できていて,正しい部品を選び,設計通りに組み立てることができると意図したパワーが出てきます。

次に1Ω負荷時の電流リミットの動作確認も行いました。 確認は三角波で行いました。熱定格をオーバーする可能性があるので測定時間は10秒程度にしておきます。

徐々に電圧を上げて行き,7A程度で三角の山がつぶれてきましたので,電流リミットが正常動作していることが分かりました。 こちらも設計通りです。

電流リミット動作(1ohm負荷)
Fig:2 電流リミット動作(1ohm負荷):7A 0-p

5-2:波形応答

5-2-1:矩形波応答・スルーレート

100kHz 矩形波応答
Fig:3 矩形波応答(100kHz, 20Vp-p, 8ohm)
100kHz 矩形波応答
Fig:4 矩形波応答(100kHz, 20Vp-p, 8ohm//0.1uF)

アンプの安定性は矩形波応答を見ればわかります。10kHzを入力すると真四角な矩形波が見られました。 これでは何を見ているのかわからないので100kHzの矩形波を入力して立ち上がりと立下りを確認します。 真空管アンプの波形に見慣れていると10kHzの波形に見えるんですけど,確かに100kHzです。

100kHzの矩形波を公開しているアンプは滅多にありません。

負荷抵抗は8Ωを基本として負荷容量を1000pF〜0.1uFの間で切り替えて矩形波応答のテストをします。 10nF〜47nF付近が不安定でリンギング大きく出ます。 負荷容量を変化させるとリンギング量が変わりますが,Tr/Tfはあまり変化がなく,非常に安定しています。

容量性負荷に対する応答波形を公開しているアンプはさらに少ないです。 半導体アンプを評価するには絶対に必要なのですが。

容量性負荷をコイル無しで安定的かつ強力に駆動できるのは電流帰還ならではの特性です。 位相余裕の少ない電圧帰還アンプは出力にコイルを入れないとスピーカーケーブルを接続しただけでも簡単に発振します。

立ち上がり立下りは20Vp-pに対して10%-90%で520nsecです。容量負荷では750nsec程度です。

立ち上がり時間は振幅を変えても波形変化はほとんどありません。小振幅から大振幅まで安定しています。 つまりスルーレート(SR)で帯域制限されている感じではなくCR時定数で帯域制限されている感じです。

最大出力を26Vp-pとするとSR(スルーレート)は約50V/usecと計算されます。パワーアンプとしてはかなり高速の類に入ります。 電圧帰還のパワーアンプではここまで速いと安定性を保つのに非常に苦労します。容量負荷をぶら下げても安定でありつつ,出力コイルもなくこの速度は驚きです。 ドライバ段の電流を増やせば更なる高速化が期待できますが,トランジスタに放熱器をつける必要が出てくるのでこれで我慢します。

なぜSRが重要なのかというと,SRで帯域制限されると再生ソースに含まれる情報が削り取られてしまうからです。 CRで帯域制限されている場合は信号は減衰しても情報は残ります。 といってもこのアンプのように100kHz以上の帯域幅を確保していれば問題になりません。 例えば,オペアンプではSRがおそかったり,TrとTfでSRが異なるものがあるので注意が必要です。

スルーレート
Fig:5 立ち上がり応答(Tr=520nsec, 20Vp-p, 8ohm)
スルーレート
Fig:6 立ち下がり応答(Tf=520nsec, 20Vp-p, 8ohm)
スルーレート(容量負荷)
Fig:7 立ち上がり応答(Tr=760nsec, 20Vp-p, 8ohm//0.1uF)
スルーレート(容量負荷)
Fig:8 立ち下がり応答(Tf=740nsec, 20Vp-p, 8ohm//0.1uF)

目標は立ち上がり100nsec程度,スルーレートで200V/usecが出れば大満足でしたが,出力段FETの容量が目論見よりも大きくなっていますので遅くなりました。 しかし,立上りと立下りの速さが奇跡的に一致しています。出力段FETのマッチングがよいことがわかります。

しかし,もし立ち上がり時間はこのままで,仮に100Vp-pの出力電圧が得られるとするならばスルーレートは200V/usecになります。 大出力アンプほど数値が良くなるマジックがここにもあります。

5-2-2:寄生発振の確認

波形無し

無信号時に安定しているアンプでも特定のDC電圧を出力した場合に突発的に不安定になることがあります。 このような現象を寄生発振と言い特に電圧帰還アンプでは起きやすい傾向があります。

特定の条件下でしか発生しないため,見過ごされがちです。 音響用に重宝される有名なオペアンプをヘッドフォンアンプに使ったら寄生発振していたことがありました。

確認方法は以下です。

入力する矩形波の周波数は100kHzのままとして,出力振幅を1V程度に小さくします。 そして,入力電圧にDCバイアスをかけます。DCアンプの場合はこれでOKです。 DCが増幅できないアンプの場合は低周波の三角波で変調して確認するしかないでしょう。

DCバイアスを出力の波形が飽和するまで変化させつつ,負荷容量を切り替えて挙動を確認していきます。 DC出力は出力段の損失が大きくなるので過熱には注意します。

このアンプはどんな条件でも寄生発振は全く見られませんでした。矩形波の波形の変化も僅少です。非常に安定しています。

この特性ならPSRR測定用のバイポーラ電源としても使えます。

5-2-3:飽和時の挙動確認

飽和復帰
Fig:9 飽和復帰(8ohm)

過大入力で出力段が飽和した時の挙動も重要な要素ですので確認しておきます。

入力波形を三角波として入力電圧を大きくしていき,出力を飽和させます。 出力を飽和させると破滅的な結果になるアンプもあります。

回路によってはDCが出る,気絶してなかなか戻ってこない,飽和復帰時に発振するなどの挙動を示します。 その程度ならまだしも,ラッチアップを起こせばアンプとスピーカーが同時に破壊します。 こういった非定常な動作は半導体アンプ設計で非常に苦労する部分です。

この回路はかなり深くクリップさせても飽和復帰は非常に速やかで破たんは全くみられません。非常に安定しています。 キレイに上下対称にクリップしています。 この特性ならギターアンプとしてギンギンに歪ませても大丈夫そうです。冗談ですが半分本気かも・・・

5-3:周波数特性

波形無し

単純に広帯域なアンプならばもちろんそれに越したことはありません。 しかし,それ以上に大切なことは,高周波を入力しても安定であるという点です。 安定な回路は聞き疲れのしない安らかな高音域を再生できます。

高周波に対する安定性はRFI耐性と言われています。 主に初段素子の整流効果によって,入力された高周波がオフセット電圧に化けてしまい,変調ノイズを発します。 特に小信号を扱うオペアンプで問題視され,初段に接合容量の大きいFETを使用した低ノイズアンプはRFI耐性が低いです。

このアンプはバイポーラ・トランジスタ入力の電流帰還アンプですから,抵抗負荷の小振幅ならば1MHzの矩形波が余裕で通ります。 10MHzでやっと矩形波が正弦波になります。つまり小信号での帯域幅は10MHzあります。抵抗負荷に限りますが。

周波数を10MHz以上に上げると振幅はスムーズに減衰していきオフセット電圧が出るようなことはありません。 非常に広帯域でありながら安定しています。最終的には入力段に320kHzのLPFを挿入する予定でしたがこれは必要ないようです。

出力電圧が大きく,容量性負荷まで考えた場合,フルパワー帯域幅(FPBW)は1MHz程度になります。 ただし,回路損失が大きくなるので短時間に限ります。

5-4:ショックノイズ

波形無し

電源投入時にショックノイズが出ます。振幅は1V程度で幅10msec程度の矩形波が出ます。 実際に耳で聞いてみると「ボ」といった感じです。電力的にも1Wに見たいない電力ですのでスピーカーに悪影響はないと考えています。

メーカーの製品ならばスピーカーとアンプを切り離す保護回路は必ず入っています。 あったほうが安心して使えると思います。しかし性能劣化要因であることは間違いないです。

5-5:パワーアンプでRMAA

DTM向けオーディオ・インターフェースの評価としてよくつかわれるRMAA(Right Mark Audio Analyzer)を使ってパワーアンプの性能を測定してみました。 ヘッドフォン・アンプの評価をしている人はいたように思いますが,パワーアンプの評価にはあまり使われていないようです。 まあ,手軽で色々と測定してくれるので便利なのです。

AudioIFはM-AudioのDelta Audiophile 2496です。

まずはリファレンスとしてループバックさせて測定してみます。このサウンドカードは2003年頃の製品ですが,まず文句なしの性能です。
RMAAの結果レポート(サウンドカードのみでループバック:リファレンス)
20kHz付近の周波数特性がやや下がるのが特徴です。この1/2fs付近は信号処理の仕方によって微妙にうねりが出たりすることがあります。 パワーアンプの測定なので測定帯域は欲張らずに44.1kHz/32bitに統一して行うことにしました。

接続図
接続は上図です。負荷は4Ωです。

完成直後,最初のRMAAの結果レポート

Frequency response (from 40 Hz to 15 kHz), dB: +0.02, -0.09Excellent
Noise level, dB (A): -102.2Excellent
Dynamic range, dB (A): 99.6Excellent
THD, %: 0.0047Very good
IMD + Noise, %: 0.0091Very good
Stereo crosstalk, dB: -89.2Excellent
IMD at 10 kHz, %: 0.022Good

・サマリーはIMD at 10kHzが「Good」,他は「Very good」以上
・IMDが10kHzで変化点を持つのは44.1kHzのせいで96kHzでは発生しない
・ノイズレベルでは右chの50Hzピークが消滅,左chは微減・・・トランスカバーの効果ありです。
・クロストークは70dB以上と思ったより悪い,高域に向かって上昇するのでPSRR不足か

パワーアンプを通しているにも関わらず,安モノのUSB AudioIFよりも良い性能が出ています。 もちろんそこらのヘッドフォンアンプには全然負けません。これだけ「Excellent」を並べるのは結構大変なんですよ。

AudioIFの最大出力電圧が+2dBV(1.73V0-p)で,ゲインが4倍,負荷は4Ωです。 したがって,測定時の出力電圧が5Vrms程度,電力は6.3Wになります。

この測定ではトロイダルトランスにカバーを付けた状態です。 漏洩磁束を減らすためにショートリングの機能を期待しました。 100円ショップで購入したステンレスのカップに銅箔を巻いています。


5-5-1:パワーアンプでRMAA再々挑戦(ハム退治)

RMAAの結果レポート(初期状態)
改善前の状態。50Hzを基本とするハムが目立つが・・・測定用のラインケーブルの引き回しで変化することを発見・・・

RMAAの結果レポート(ハム改善,クロストーク悪化)

厚さ0.5mmの銅板でケースを作りトランスを収納しました。ショートリングの役割を期待しています。
ハムは減ったけど測定系の配置や引き回しでも結果が変化することがわかりました。

前回の測定からクロストークが悪化しています・・・
原因はATT BOXのGND配線でした。入力部のLRのGNDを接続した結果共通インピーダンスが発生ていました。
ATT BOXの蓋を開けた状態で測定したら数kHzにノイズが入ってきました。このレベルの測定は結構シビアです。。

RMAAの結果レポート(クロストーク改善,ノイズ飛込み)
これが最終データのつもりだったけどまた再測定かな・・・

Trans Case

5-5-2:パワーアンプでRMAA再々挑戦(クロストーク改善対策後)

電源配線図をよーく見ているとクロストークの悪化要因を発見しました。

共通インピーダンスはゼロにしなければなりませんので,バスバーを作って抵抗値を下げています。 しかし,バスバーとはいえ抵抗値はゼロではない。甘く見てみていました。 バスバーから電源基板への配線がピッグテールとなっています。ピッグテール自体は抵抗ゼロでなくてもよいと考えています。 しかし,ピッグテールの取り出し位置がまずく,バスバーを流れる電流によって仮に100uVでも電圧が発生すればその電圧がそのままクロストークなってしまうのでした。

スピーカー接続端子から直接電源基板に配線を飛ばすように変更しました。

RMAA測定の結果レポート(クロストーク改善対策後)170915

久しぶりにアンプを引っ張り出しました。改造作業は30分ほどで終わり,測定してみました。 Rチャンネルの歪みが増加しています。バイアス電流が少なめになっているのかもしれません。 クロストークは100Hzでは3dBほど向上しましたが,1kHzでは少し悪くなりました。全体的には低下して素直になったのでまあ良いかと。 もっとよくなると期待していたのですが・・・

市販のパワーアンプはクロストークの数値が記載されていません。あまり重視されないみたいですね・・・

5-5-3:ディストーション・キャンセル回路(ZDR回路)を導入

RMAA測定の結果レポート(ディストーション・キャンセル回路を導入)171227

Frequency response (from 40 Hz to 15 kHz), dB: +0.02, -0.08Excellent
Noise level, dB (A): -102.2Excellent
Dynamic range, dB (A): 99.9Excellent
THD, %: 0.0049Very good
IMD + Noise, %: 0.0094Very good
Stereo crosstalk, dB: -93.6Excellent
IMD at 10 kHz, %: 0.024Good

初めての本格的な改造です。歪み打消しやディストーション・キャンセルとか歪みキャンセルといった技術は昔からあります。 オペアンプの内部回路にも導入されています。実際のところ複雑で,調整がクリティカルで使いこなすのは難しいです。

今回はいくつかの回路をシミュレーションしてみて2石の追加で高域の歪が半分くらいになる目途が経ちましたので実際に組み込んでみました。

主に出力段のMOSFETの歪をキャンセルする回路です。ZDR回路と呼ばれたりします。 出力段のアイドリング電流は150mAほど流していますが,高い周波数ではどうしても歪みが大きくなってしまいます。 実際はキャンセルというべきか,むしろマイナーなフィードバック・ループを追加した感じです。

結果は前回に比べてTHDとIntermodulation distortion(IMD)の数字がよくなっています。特にIMDは半分程度になっています! THDは安定して0.01%を切れるようになりました!効果ありですね。音はどうだろう・・・


RMAAの結果を抜粋して乗せてみます。

RMAA Frequency responce 周波数特性はサウンドカードの特性と全く差異がありません。 オシロで観測した周波数特性はDCから10MHz付近までフラットでしたので当たり前と言えば当たり前です。 ここまでF特が広いとRMAAで周波数特性を取得する意味はありません。 位相の回り具合を見れればアンプの性能を定量的に比較できるかもしれません。
RMAA Noise ノイズスペクトラムでは50Hz,150Hz,250Hzにわずかなハムが見られます。 測定用のケーブルをAC電源に近づけるとこのハムが増えますので測定ケーブルの引き回しにも注意が必要です。 おそらくトランスからの磁気結合とAC配線やヒューズホルダーなどから入力配線にかぶっています。 このハムのお陰でIMD特性が悪く測定されてしまいます。 ハム以外のホワイトノイズはサウンドカードの特性と変わらず-130dBを切っています。 出力ノイズは24bitのサウンドカードの測定限界以下ということになります。 市販されているパワーアンプはノイズが大きく,ノイズフロアが上がります。 24bitのDAC(最近は32bitもある)の実力を引き出すのが如何に難しいかがわかります。
RMAA THD オープンループゲインがあまり高くないので歪み率はそれほど良くありません。 といっても目標の0.01%は余裕でクリアしています。 3次高調波だけに着目すると-100dB(0.001%)と充分に優秀です。 こうやって測定してみるとダイナミックレンジ120dBという目標値が如何に難しいかがわかります。 もしノイズを増やさずに出力電圧を増やすことができればダイナミックレンジはその分大きくなります。 小出力アンプはダイナミックレンジの定義上不利なのです。

一応,100kHzの矩形波応答も見ていますが,容量性負荷も含めて全く問題ありませんでした。

あと,効果のほどを確認するためにダンピングファクタも測っています。下の方に・・・ ZDR回路によるダンピングファクタの改善は顕著で10000に迫る数字が出ました。

5-6:歪み率の測定

「Wave Gen」と「Wave Spectra」を使って歪み率を測定してみました。 測定はレベルを変えて直読するだけなので簡単ですが,設定によって値が変化するのである程度試行錯誤が必要でした。

最大出力が10Wに届いていないのはゲイン不足です。AudioIFの出力が最大+2dBVなので電圧では1.26Vです。 アンプのゲインは4倍なので電圧で5V,電力で3.125Wまでしか測定できませんでした。 最近のオーディオ製品は+6dBVが多く,それに合わせてゲイン設計を行ったためです。

全高調波歪みL
Fig:10 全高調波歪み Lch
全高調波歪みR
Fig:11 全高調波歪み Rch

Fig:10に左チャンネルのTHD+Nグラフを示しました。Fig:11は同様に右チャンネルの特性です。 横軸は出力電力[W]を示し,縦軸はTHD+N[%]です。 1kHz測定時はサンプリング周波数を44.1kHzとしています。 10kHz測定時はサンプリング周波数を96kHzとしています。 赤は1kHzの歪み率を示し,1W付近を底にして低パワーでは単調増加を示し,高パワーで徐々に上がっていきます。 青は10kHzの歪み率を示し,0.1W付近が底になっています。 サンプリング周波数を高くするとノイズレベルが上がる傾向が見られ,1kHzの測定よりも10kHzの測定時のノイズフロアが上昇しています。 これはAudioIFに搭載されたADCのICとしての性能が見えているようです。 なお,アナログな測定装置では原理的にTHD+Nしか測定できないので多くのアンプの測定結果はここに示したように低パワーで単調増加の特性となります。

この結果ではハイエンドのパワーアンプと比べて劇的に歪率が良いとは言えません。 広帯域に努めましたが10kHzの歪み率が十分低いとは言えません。ここら辺が残念なところです。 しかし,低NFBの電流帰還アンプにしては良い性能が出ていると思います。 たとえばこのアンプに電圧増幅段を増設して40dBのNFBをかければ歪みもノイズも1/100になり,このグラフから見えない領域に達します。 そして,このアンプのように高速で高安定なパワーバッファならば簡単に実現可能です・・・あえてしないのですが。

THD
Fig:12 THD Lch
THD
Fig:13 THD Rch

ノイズ分を差し引いたTHD特性を見てみます。 ノイズがなくなるので低パワー時の数字が劇的によくなります。 低パワー領域では0.01%を大きく下回ることがわかります。 0.01%を切ることを目標にしていたのでまずまずの結果といえます。 10kHzの測定では48kHzまで録れたとしても4次高調波までしか取れないので測定としては不十分でしょう。 欲を言うなら5次高調波はぜひとも測定したいです。とすると,8kHz付近で測定を行うとよいかもしれません。

高調波スペクトル
Fig:14 高調波スペクトル Lch
高調波スペクトル
Fig:15 高調波スペクトル Rch

1kHz測定時のスペクトルを示しました。
出力電力は前回と同様に3W程度です。
Lch,Rch共に1kHzを基本波とするスペクトルと50Hzを基本波とするスペクトルが立っています。
50Hzは電源からの誘導で磁気結合と思われます。
1kHzの高調波はRchの方がやや大きように思われます。
歪率もLchが0.007%に対して,Rchが0.01%とやや悪化しています。

トランジスタアンプは回路のインピーダンスが低いため,電源からのハムは引きにくい印象があります。 しかし,電源トランスの周辺やAC配線の近くに信号線を這わせると50Hzを基本波としたスペクトルが立ちます。 スピーカーから聞こえるレベルではありませんが,歪み率や残留ノイズの性能は悪化してしまいます。

残留歪み波形
Fig:16 残留歪み波形 Lch
残留歪み波形
Fig:17 残留歪み波形 Rch

歪み波形を抽出してみました。
歪率計をもっている方はよくこんな波形を掲載しています。
パソコンだけでもできるモノか,挑戦してみました。

歪み波形は10000倍しています。
p-pで見ると0.02%〜0.04%の歪率になります。
やはりRchの方が悪いです。
この絵の注意点ですが,位相は手動で合わせています。

出力段のアイドリング電流を多く流せば歪みが減りますが,熱くなります。 電源電圧を低くしているのでそれほど熱くなりませんが,エコっぽくないです。
RchとLchで歪み率が異なりますので,素子の選別を行うとよいペアを見つけられるかもしれません。
これはエコというより,手間の問題です。

なお,歪み波形の可視化手順は以下です。フリーソフトとエクセルを使いました。
私的メモなので不親切ですが。。

・WGでサイン波を発生させる
その際,周波数の設定に注意が必要。
FFTに最適化としておく。
サンプル数は2048として最適化すると後処理が楽。
1kHz付近なら以下となる。

1012.060546875Hz = 44100/2048*47

・測定するアンプの出力をATTしてWSで取り込む
サンプルBit数は24bitか32Bitフロートとしておく。
取り込み時間は10秒で充分。

・フリーソフト「SoundEngine」でファイルを読み込み処理を行う
ノッチフィルターで1kHzをフィルタリングする。 周波数はWGに設定した周波数として処理する。2次(2kHz)でも減衰が無いことはホワイトノイズで確認済み
フィルター処理後さらにゲインを24dB(16倍)としておくとCSVに出力するときの丸め誤差が減る。
フィルタとゲインの順序が違うとクリップしてひどいことになるので注意。

・「SoundEngine」で波形をCSV出力する「0-1」を選ぶ

・エクセルで演算する 2048サンプルごとに繰り返し加算し,最後に加算回数分で平均する。
out(m) = input(2048*n+m)
m = 1 to 2048,n = 1 to 180くらい,
最初と最後は捨てる。
知恵をしぼりマクロを組んで行う。
歪波形は10000倍する。CSV出力時に16倍したので1/16する。

・エクセルのグラフ機能で波形を表示

オシロスコープならば1kHzでトリガをかけつつ,画面上で積分されるのでなんとなく歪波形が観測できるが, WAVEファイルをエディタで波形を見てもノイズに埋もれてしまい,歪波形が見えてこないので加算・平均化処理が必要になる。 その際,加算する周期はFFT用に最適化した周期(今回は2048)とするとGood。

「SoundEngine」フリーソフトですが,WAVファイルの編集において一通りのことができることと, WAVEファイルをCSVに変換して出力できるのでDIYerにとっては便利です。

5-7:出力ノイズ

60dBアンプでノイズを増幅してオシロで確認する予定。

FFTの結果を見るとホワイトノイズよりもハムが気になる。 電源配線の引き回しがいい加減だからだろうか。 もしくはトロイダルトランスから盛大に磁束が漏れているのかもしれない。 磁気シールドは難しいのでショートリングで対策していくしかない。

5-8:ダンピングファクタ

ダンピングファクタ(DF)はアンプの「力強さ」を示す一つの指標です。 一般的には大出力ほどDFが高いですが,大電流を流せるように作るかどうかで決まりますので,小出力でもDFを高くすることはできます。

まあ実際はスピーカー・ケーブルの抵抗値でDFのほとんどが食われてしまうので,あまり意味のある数字ではないのですが・・・

低周波(DC)から高音域(10kHz以上)に渡ってダンピングファクタ安定していることが良いアンプの指標と考えています。

ダンピングファクタを測定するには「ON/OFF法」と「電流注入法」の二つの方法があります。 電流注入法の方が正確な測定ができますが,電流を注入するパワーアンプが必要になりますので,セットアップがやや大げさになります。

しかし何と言ってもダンピングファクタの周波数特性を取るという使命があります。 電流注入法で周波数スイープしてダンピングファクタを測定する方法を考えました。

広帯域のパワーアンプをもう一台用意して接続するのは難儀ですから悩ましいところです。 ところが,測定対象はステレオアンプですから,隣のチャンネルを利用しない手はありません。

隣接チャンネルを使う問題点はクロストークの影響で多少誤差が出るだろうというところです。 クロストークの影響が測定したい電圧の1/10以下ならばあまり気にすることもないでしょう。

事前にクロストークを確認すると-80dB程度でした。 出力インピーダンスは40mΩ程と見込んでいましたので,4Ω負荷に対して1/100(-20dB)程度の電圧が出るはずです。 -80dBと-20dBですから60dBもの差がありまったく問題になりません。

実際に下図のように接続して測定してみました。


測定は正弦波スイープを片チャンネル交互に出力して行います。
1:Lchに波形出力,Lchを測定(基準レベル測定:Vin)
2:Rchに波形出力,Rchを測定(基準レベル測定:Vin)
3:Rchに波形出力,Lchを測定(出力インピーダンス測定:Vout)
4:Lchに波形出力,Rchを測定(出力インピーダンス測定:Vout)

出力インピーダンス = Vout/(Vin-Vout)*RL・・・となります。測定時のRLは4Ωです。
ダンピングファクタ(DF)= 負荷抵抗 / 出力インピーダンス・・・なので,出力インピーダンスが0.008Ωなら8Ω負荷でDF=1000となります。

「Wave Gen」と「Wave Spectra」を使い,結果をエクセルで計算させています。

ダンピングファクタ
Fig:18 ダンピングファクタ

Fig:18にダンピングファクタの測定結果(対8Ω)を示しました。 4000というかなり高い値が出ています。本当かな?疑心暗鬼。 4000というとSR用の超強力アンプ(出力2000Wとかそういう世界)の数字です。 通常のオーディオ用アンプは百万円クラスでも1000あれば大きい方です。 なお400Hz以上で低下が始まりますが,ここからオープンループ・ゲインが低下し始めるということになります。 このコーナー周波数の高さも電流帰還のポイントです。 目標のDF=200@10kHzはクリアできました。しかしなあ,ちょっと高すぎです。 もちろん,偶然でこの特性が得られているわけではありません。 設計としての必然は仕込んであります。まず,フィードバックの帰還ポイントをスピーカー端子部分にしているので,配線抵抗によるDFの低下は圧縮されます。 また,出力段のコイルとスピーカー保護回路がありませんので,DFを低下させる有害な抵抗成分がまったくありません。 普通の市販アンプには必ずと言っていいほどコイルと保護回路が搭載されており,DFを低下させています。 それにしても電流帰還なのでそれほど裸ゲインが高くないはずですが意外でした。

5-8-1:ディストーション・キャンセル回路(ZDR回路)

ダンピングファクタ
Fig:19 ダンピングファクタ

Fig:19にディストーション・キャンセル回路導入後のダンピングファクタの測定結果(対8Ω)を示しました。 1kHzで3000,10kHzで500程度が得られています。ピークでは1万に迫っています・・・ただでさえ高かったDFがさらに向上しました。 改造した結果得られた特徴はだら下がりの傾斜がきつくなっていることと,軽いピークを持つことです。 ディストーションをキャンセルするということは出力段インピーダンスを下げると等価ですのでこうなるようです。 事前のシミュレーションでも同じ結果になっていますので,特に疑問はありませんが。。 Lchは少しキャンセルが弱いようで,ピークがなまっています。左右チャンネルで効果が異なるのは気持ち悪い・・・ チューニングするにしても1pF単位での追い込みになるのでちょっとやりたくないです。効果は十分あるのでこのままにしましょう。

5-9:クロストーク

究極的にはモノラルアンプが理想的ですが,ステレオアンプなのでクロストーク特性は重要です。 真空管アンプでは低い周波数で劇的に悪化することがあります。 トランジスタアンプでは配線の引き回しで悪化することが考えられます。 高い周波数では部品配置が効いてきます。 クロストーク特性はステレオ再生でリアルな音場を表現するために非常に重要な指標と考えています。

クロストーク
Fig:20 クロストーク

Fig:20にチャンネル間のクロストークを示しました。 もっと低いことを期待していましたがやや残念です。 低域で80dB以上。高域でも60dB以上確保できているので問題はないでしょう。 負荷が4Ωなので8Ωとすればもう少し下がるかもしれませんね。 RMAAの結果(90dB以上)とかい離があるのでもう一度測定してみてもよいかもしれませんね・・・

5-10:パワーオン・ドリフト

電源投入時は各素子が冷えているので温まる過程でドリフト(オフセット電圧やアイドリング電流のゆっくりした変化)が発生します。ウォームアップ・ドリフトとも言います。 このようなドリフトはDual-FETを使ってもオペアンプを使っても大なり小なり発生してしまいます。

対策は熱結合をできるだけ密にすることと,それから個々の部品が持つ熱容量,発熱量,放熱量のバランスを検討する必要があります。

熱容量の小さい部品が大きな電力を消費すると急激に温度が上昇しますが,逆に熱容量が大きな部品や電力を消費しない部品はゆっくりと温まります。 基板を縦置きにするか,平置きにするかでも温まり方が異なりますのでドリフトの出方に違いが出ます。

パワーアンプでよく使われる差動回路はDC安定度に優れています。 一方,カレントミラー回路は流れる電流が一致するように働きますが,VCE電圧に差があり発熱量が異なりますので,パワーオンドリフトが発生しやすい回路です。

電流帰還アンプはパワーオンドリフトが発生しやすく,特に初段のトランジスタの温度上昇が急激だと回路全体の電流が増えて出力段のアイドリング電流まで増加してしまいます。

このアンプは回路的にも実装的にもドリフトを抑えるように作りましたので,DC安定度は通常の差動アンプよりもむしろ良いくらいです。 特に出力のDCドリフト電圧はとても少ないのは回路が完全に上下対称だからと考えています。 残念ながら出力段のアイドリング電流はMOSFETの温度特性を補正しきれていないのでやや過補償傾向ですが,温度が高くなると電流が減少するという安全方向ですので良しとしています。

パワーオン・ドリフト
Fig:21 パワーオン・ドリフト

Fig:21に電源投入後のオフセット電圧の推移を示します。 始めの10秒はグラフは取れていませんが増加傾向です。その後減少に転じ,15分程度で安定して-1mV程度に落ち着きます。 電源投入後,常に10mV以内に入ってます。パワーアンプとしては優秀な数字です。 アンプ基板を垂直に取り付けていますので,天板を外すと温度分布が変化し,オフセットも微妙に変化します。 初段の熱結合と放熱をしっかり行うと共に,コンパクトに作ることがポイントです。

アイドリング電流ドリフト
Fig:22 アイドリング電流ドリフト

Fig:22に電源投入後のアイドリング電流の推移を示します。 150mAを目標にしていますが,冷えていると多め,温まると少な目に推移するため,温度上昇に対しては安定です。 ガラス扉で閉めきった棚の中に設置していますので,結構熱くなりますが,連続運転しても問題ないようです。


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