JBL D130 2-Way スピーカーシステムの自作

2:設計

JBL C36

設計のための薀蓄は沢山ある。 全てを語ることは無意味だろうが,ひとつの寸法を決めるためには何がしかの理由が必要だろう。 メモとして残すことに意味はあるだろう。

全体的にはJBLのC36をパクったリスペクトした。縦長の長方形で,アルミ棒の足がつく。

最近の主流はスリムなトールボーイ型だ。 大多数の家庭においてリビングにスピーカーの設置場所を確保できないというのが理由だろう。

スピーカーが床に近いと床から反射した音とスピーカーからでた音が干渉してしまうからスピーカーの発音位置は高い方が良い。 しかし,背の高いスピーカーは転倒や落下の危険がある。 コンクリートブロックなんて無骨なものはリビングに置けないし,家族がいるとそんなことが気になる。 このような理由から足を付けた。

その他のデザインとしての要点を絞ると,加工が容易な直方体。子供がいる家庭ではグリルネットは必須。角は丁寧に落とす。といった点が大方針だ。


JBL D130 Enclosure CAD model

JBLのアルミの足はビックリマークのようなおしゃれな形だが,加工ができるわけではなく・・・ただの円柱。 バスレフポートは底に設けた。

JBL D130 Enclosure CAD model

2-1:なぜバスレフか

そもそもD130のように強力な磁気回路に軽い振動板という「オーバーダンピング」なスピーカーは低音が出にくい。 せっかく大口径ユニットを使用した本格的なシステムなのでしっかりした低域を再生したいと考えてバスレフとしたが,もう少し詳しく説明しよう。

15インチのビンテージ・スピーカーを生かすにはバスレフ以外にも色々な形式がある。 以下に4種類を紹介する。否定的で申し訳ないが,家庭用として難しい点を追記する。

1:後面解放(平面バッフル)

低音を再生するにはバッフル面積を大きく(1辺が2m以上)しなければならないため場所を取る,自宅のリビングに置いたら壁一面がバッフルとなり窓がなくなる

2:フロントロードホーン

有名なALTEC A7はこの部類,そもそも映画館などの大空間用であるし箱が大きすぎる。ホーンロードがかかる帯域(100Hz〜200Hz以上)が6dBブーストされるので周波数特性を電気的に補正する必要がある

3:バックロードホーン

構造が複雑で38センチ用は巨大で重い(100kg級),低域は伸ばすには長大な音道・開口が必要,ホーンによる干渉のため周波数特性に必ずうねりが発生してしまう

4:密閉型

大口径ユニットで低域を伸ばそうとすると家庭用冷蔵庫(400リットルとか)なみの容量が必要,しかも軽い振動板では低域がだら下がりになり量感が不足する

それに対してバスレフは・・・

共鳴現象を利用するためダンピングが悪くボンついた低音になる可能性がある。なんて言われるが,低音楽器はそもそも共鳴現象を利用しているのだが・・・

JBLのユニットを使うのだからJBLの指南書「Low Frequency Enclosures」を読み参考にした。
「リアローディングホーン」はバックロードの意味で45204530が紹介されている。
「フロントローディングホーン」は45504560が紹介されている。
バスレフは4508,EN3,EN5,EN8が紹介されている。
周波数特性のグラフを引用してみよう。どれを使いたくなるだろうか。

JBL Low Frequency Enclosures

左からバスレフ(ダブルウーハー)の4508,フロントロードの4560,リアロードの4530,いずれも15インチだ。

バスレフは無理なく50Hz付近まで伸びていて,全体的に凹凸が少ない。 フロントロードホーンは100Hz〜200Hz境に大きな盛り上がりがある。100Hz以下はバスレフ,200Hz以上がホーンロードがかかっている帯域だからだ。 バックロードホーンは80Hz付近が盛大に盛り上がっているがそれ以下は急峻に落ちる。また,周期的な谷がみられるのはホーン出力の干渉だ。

バスレフは限られた容積でもユニットの実力を引き出すことができる。 まともに設計・調整されたバスレフは低音が遅れて聞こえたりブーミーだったりはせず,ユニットの背圧が抜けることもあり,量感がありつつ切れの良い低音を再生も可能だ。

JBL Low Frequency Enclosures

バスレフがうまく働くとこのような周波数特性になる。EN8は225リットルなので小さくはないが。

天井の高い大空間ならば後面解放も面白いし,巨大なエンクロージャーを用意できるなら密閉も面白い。

ディスクトップオーディオのような近接視聴を考えるとバスレフからの音響出力が目立つので密閉の良さが生きてくるかもしれない。

我が家の12畳程度のリビングにおける大きさで,しかも小音量でもしっかりした低音再生ができることを考えるとバスレフがベストだ。

2-2:箱の容積

容積は200リットルでは大きすぎて部屋に置けない。JBLにはD130を使ったC36やC38という型番の有名なシステムがある。 これらの容積は90〜100リットルなのでこれを参考にしつつ,各辺の寸法比を最適化して最終的には内容積を111リットルとした(補強・吸音・ダクトなしの容積)。

100リットルを切ると100Hz以下の低域レスポンスに不満が出てくる。 逆に100リットル以上にしても低域の再生限界が急激に伸びるわけではない。 そんな崖に位置するのが100リットルという線だ。ちなみに111リットルは約4cubic feetとなる。

内容積はユニット,補強材,吸音材,ネットワークを内部に取り付けることによって減っていく。 厳密に計算することも可能だが,ざっくり10%〜20%程度の余裕を見ておけばよいと思う。

なので実質は100リットル弱になるだろう。 まあ,バスレフポートの調整はデキナリだからシビアに考えてもあまりよいことはない。

・・・単に1並びで語呂が良いからというのが本音だが・・・

2-3:ポート面積

Frequency Range
"Loudspeaker Enclosures" ALTEC 1974より

ダクト共鳴周波数(fd)は45Hz〜50Hzを目標とし,φ100mmとした。D130では無理のない周波数設定だと思う。

ベースのGが49Hzで最低音Eが41Hzだ。 実際のベースを演奏してみてもわかるが41Hzの基音が出ているかというと疑問なので,欲張らないことにした。

普通の人が感じるいわゆる低音,量感豊かでボンボンと鳴り,迫力があると感じる低音は実は50Hz〜100Hz位だったりする。 いわゆる重低音というキーワードはこんな音だったりする。

本当の低音である50Hz以下の周波数では耳の感度が急に下がる。いわゆる深く沈み込んだ低音(Deep Bass)は耳で聞く低音ではなく体で感じる低音になる。 実在感や空気感とかホールの響きだったりする。もしくは自然界には存在しないマイクの吹かれのこともある。

こういった50Hz以下の低周波は強ければよいかというとそうでもなく,胸が締め付けられるような低周波騒音の類なので吐き気を引き起こすこともある。 大口径の打楽器や多弦ベースのスラップ奏法で効果的に感じることがあるが,白玉系の持続性のある低音として使われることは滅多にない。パイプオルガンくらいだろうか。

ちなみにパイプオルガンは建物全体が楽器というスケール。 石でできた広大な空間では低周波でも残響時間が異常に長く,仮に録音できたとしても狭い室内に設置された一般的なオーディオ装置では再現不能だろう。

50Hz以下の周波数が録音されない理由は明白でまずマイクではまともに録音することが難しい。マイクには空調のノイズ,地下鉄の走行音であったり足音が入る。 感度の高いマイクは吹かれにも弱いので録音時には低周波を意図的にカットしている。そうしないとすぐにクリップしてしまい安定して録音できない。 シンセサイザーなら超低音を簡単に出せるが,音程感がなく聞こえない。結局,量感が欲しくなり歪ませて倍音を付加したり,1オクターブ上の倍音を少し足してやることになる。

本当の低音とは何だろうという疑問を持ち続け,出すのが難しいから挑戦したくなるというのが本音なのだが・・・ダブルウーハーへの道は遠い。まず部屋が狭い。

さてバスレフの味付けはどうしたものだろう。

低音を表現する言葉で「重苦しく引きずるような低音」という表現があり,対比的な表現として「軽く空気のような低音」という言い方がある。

前者は振動板が重く,バスレフの共振を周波数を低く,共鳴を強く設計した場合の音だと思うのだが,口径の小さいチープなウーハーで量感を出そうとするとこうなる。

後者は大面積の振動板と強力な磁気回路をもつウーハーを大容量の箱に入れた音だ。 「軽く」という語意が誤解を招くのだが,単に低音が出ていない場合は「低音が軽い」つまりスカスカな状態であり,フワっと風に吹かれるような感覚はない。 ヘッドフォンだと比較的この「軽くて空気のような低音」を感じやすいのだが,スピーカーでは難しい。

低音の質だけでなく,バスレフには共鳴効果で低域を補うという原理的な弱点以外にも2大短所があると考えている。ひとつはポート・ノイズ,もうひとつは管共鳴だ。

ポート・ノイズはバスレフ・ポートを通過する空気の速度が速くなると発生する風切音で「バフ」とか「ボワ」とか「ブボボボ」とかそんな下品な音を出す。

管共鳴はバスレフ・ポート自体が管として鳴いてしまう現象だ。トイレット・ペーパーの芯のような管を耳に当ててみよう。管クサい音がするだろう。

まず前者のポート・ノイズを防ぐにはポート径を大きくすればよい。そして後者の管共鳴を防ぐにはポート長を短くすればよい。

しかし,ポート径を大きく,ポートを短くするとバスレフの共鳴周波数は高くなってしまうので狙ったチューニングにするためにはバランスを取らなければならない。

今回の設計では箱の容積が大きいため,ポート長最短(板厚)としてもポート面積はφ100mmと充分に大きい。

さらにポート面積を大きくしてポートを長くすることもできるが,共鳴効果が大きくなり低音が増強されるだろう。 しかし,ボン付いてブーミーになる方向なのでまずは最短で様子を見てみる。 ALTECのシステムはポートが板厚しかない設計が多いが,これが歯切れの良い音につながっているのではないだろうか。

ポート長が板厚しかないのでポートやベントと言うよりホールだろう。筒とは言えずタダの穴だ。 したがって管共鳴は発生しない。これは非常に大きなメリットだ。

小口径ユニットを使った小容量システムではポートノイズを防ぐにはポート径を大きくしたい。 しかし,ポート長が長いと管共鳴が発生してくるし,箱の容積も減る。長すぎるポートは折り曲げて収納することになり効率が落ちる。 ポート長を現実的な長さにするためにはポート径を小さくする必要がある。ポート径が小さければポートノイズが出やすい。 このように相反関係に対する最適解を得るのが難しいため,小口径ユニットはバスレフに不向きだと言える。

小口径スピーカーのバスレフと大口径スピーカーのバスレフは設計も違うし,得られる結果も次元が違う。ただし,計算式は同じ・・・

D130はボイス・コイルの直径が100mm。今回はポート径も100mm。 10センチ・フルレンジを使ったバックロード・スピーカーも気になるが,やはり38センチ100リットルは別次元だ。

2-4:ポート開口部

ポートを正面に開口すると箱内部に溜まっている音をポートから放射する可能性がある。 最近のスピーカシステムは背面に開口している製品を多く見かけるのはそうした事情もあるだろう。

しかし,今回の箱は奥行きが深い。 背面に開口すると正面から出ると音と背面から出る音の位相差が増えてしまう。 また,設置の都合上(部屋が狭いので)背面は壁に近づける必要があり,壁との距離をコントロールできない。

ポート開口部付近に空気の流れを妨げるモノがあってはいけない。 JBLの資料では少なくともポート径の2倍の範囲内に障害物が無いように設計するのが好ましいとしている。 これは箱内部も同様で内壁に近いところに開口部があるとポート周辺の空気の流れを阻害してしまう。

以上より総合的に判断して底面の中央部,ややオフセット位置に開口した。

ポート開口と床のクリアランスを取るためにも長さ100mmの足が役に立つ。

ポート形状はもっともロスの少ない円形とする。逆にもっともロスの大きい形状はアスペクト比の大きいスリットだ。

スリット・バスレフやオンケンタイプ(ウルトラフレックス)も魅力的だが,チューニングが難しそうなので見送った。

またポート開口部には渦流の影響を緩和するためにR(フレア)を設ける。

JBL D130 DIY Enclosure

開口部のRがどの程度効果があるのかナンテコトナイ説明を見聞きすることはよくあるが,はっきりと効果を示している資料を見たことはない。

学生時代に作ったソフトを引っ張り出して計算してみた。 非圧縮粘性流体という空気と言うよりは水に近い状態の流体を模している。 空気だとしても非常に周波数が低く,振幅が大きい状態なのかもしれない。 あまり厳密に考える気もないが,ぱっと見で差が見えるかどうか確認したかった。

JBL D130 Enclosure Design
ポート開口部のRがない場合
■小<速度<■大

JBL D130 Enclosure Design
ポート開口部にRを設けた場合
■小<速度<■大

図は左側の空間をスピーカー内部,右側の空間をスピーカー外部としている。 スピーカー内部の左端の壁が正弦波で駆動された時に発生する速度の分布を示している。 速度の速い部分が赤で示されている。青は速度がゼロの部分だ。 シミュレーションは連続的に行われるが特に差が分かりやすい壁が停止しているときの図を切り出した。

Rがないと大きな渦が発達し,小さな複雑な渦も沢山見える。 しかし,ちょっとしたRをつけるだけで流れがキレイになっている。

渦の存在はポートノイズの発生を意味すると考えてよいと思う。

実際のところは見た目重視なのだが・・・いやポートは底にあるから見えないけど・・・・

2-5:箱の寸法比

直方体の箱の内部には様々なモードの定在波が発生する。 定在波が立つと共鳴が発生し余計な響きが付加される。

定在波対策のもっとも効果的な方法は平行面を作らないこと。 トラぺゾイド(trapezoid)つまり台形が一番簡単だろう。SR用のスピーカーによくある形だ。 しかし,工作が難しくなるので断念した。単なる直方体が作りやすい。

定在波の周波数は下記の計算で求まる。L/W/Hは各辺の長さ,nx/ny/nzは各モードの次数を示す整数だ。 こういった定在波比率の計算は石井式リスニングルームを参考にしている。

JBL D130 Enclosure Design

例えば,「L」方向の定在波が知りたければ,ny=nz=0として,nx={0,1,2,3,4・・・}とする。

次数が高くなり,周波数が高くなると吸音材で簡単に抑制できるが,低い周波数は吸音が難しい。 1kHz程度までの定在波を対象としてシミュレーションを行った。

各次数は0〜2として[nx:ny:nz]を下記の16種類とした。
[1:0:0],[0:1:0],[0:0:1],[1:1:1],
[0:1:1],[1:0:1],[1:1:0],[2:0:0],
[0:2:0],[0:0:2],[1:2:0],[2:1:0],
[0:1:2],[0:2:1],[1:0:2],[2:0:1]

指標としては,各モードの定在波周波数が一致しないことを第一とし,各モードの強さも勘案して各辺の寸法比を最適化した。

周波数を一致させない理由は,特定周波数で強め合わせないためだ。

定在波対策はまず発生させないこと。発生してしまった定在波の打消しやキャンセルできない。 発生させないためには平行面を持たせないことが第一だが,直方体と決めた限りは対策が必要になる。 エネルギーを効率よく吸収する吸音材を使うか,特定周波数をトラップするチューブ状の物体を入れるなどの対策が考えられる。 そして,定在波が発生するにしても強め合うポイントを持たせないことが非常に重要だ。

定在波の周波数分布の計算結果を以下に示す。

JBL D130 Enclosure Design

比率は石井式リスニングルームの設計値と近い値が出たが微妙に異なる。

[mm]単位の整数で寸法を定義できるように調整した結果,内容積が111リットルとなった。

2-7:吸音

箱内部の吸音の目的は二つある。
・ 箱内の定在波を抑制して,特定周波数でブーミングがでないようにする
・ 箱内に滞留する残響音を減らして音の濁りが発生しないようにする

寸法比を最適化することにより内部定在波の影響を減らし,吸音材は最小限としたい。

しかし,後者の現象を抑えるためには最低限の吸音材が必要になるだろう。 B&Wではウーハー自体が吸音材となり,箱内部の音が外に漏れださないようにコーンに発泡樹脂を使っている。 D130のような高能率ユニットはコーンが薄いので特に影響が大きいと考えられる。

ALTECの資料ではリアパネルと底板,左右どちらかの側板に吸音材を貼り付けろと指示がある。 JBLの資料は全面に貼り付けろと書かれている。こういったことからも考え方の違いが分かる。

最小限の吸音材でできるだけ効果的に吸音するとしたらどの部分を吸音するのがよいのだろうか。考えてみよう。

エンクロージャーに設けられた穴,つまりユニット開口部が音波の発音源であり同時に視聴者の耳に向け音波を発する放射面であると仮定する。

1次反射,つまりユニットから出て箱内で1回だけ反射して開口部に戻ってくる音波の影響から考えてみる。

考察するモデルは下図のような四角い箱に入ったスピーカーで考える。 単純化するため壁面での反射が鏡のように理想的な反射,つまり入射角と反射角が等しいと仮定して考える。

JBL D130 Enclosure Design
シミュレーションモデル

JBL D130 Enclosure Design
1次反射の模式図と吸音エリア

グレーの領域が反射音波が通過する領域だ。

グレーの点線が開口部の端部からリアパネルに向かって直角に伸びているが,入射角が直角であればこのラインが境界になる。

黒の実線は入射角が直角でない場合に開口部の端部から反対側の端部まで到達する音波の限界線を示している。

結果としてリアパネルの内側,ユニットの直径に相対するエリアが1次反射を返すことがわかる。 このエリアを外れた反射波は開口部から外れて正面のバッフル・ボード裏側や側板で再反射することになる。

つまり仮に水色の部分を完全に吸音すれば1次反射が箱の外に放射されることはない。

続いて2次反射の影響を考えていく。 2次反射はリアパネルに反射した音波が側板などの90度の位置にある板にもう一度反射して開口部に達する。 もちろん,矢印の向きが逆のルートも考えられる。

JBL D130 Enclosure Design
2次反射の模式図

2回反射なのでちょっと頭を使う。直感的にわかりにくいので鏡像を描いてみた。 リアパネルの隅を基準とした鏡像に対して,その開口部に向かって直線を引く。

JBL D130 Enclosure Design
左右対称の場合の吸音エリア

JBL D130 Enclosure Design
非対称の場合の吸音エリア

黒の実線は1次反射の時と同様に開口部の端部から反対側の端部に達する音波の限界を示している。 ピンクの線は箱の角からユニットの中心点に引いた線だが,限界線はこれと並行になる。

グレーの点線に囲まれたグレーの領域が反射波が通過する領域となる。

水色のエリアを吸音すれば2次反射を防ぐことができる。

さて,3回反射した場合はどうなるだろうか。

3回反射して開口部に戻るためには,左右どちらかの側板に反射,リアパネルに反射,天板か地板に反射というルートを通る必要がある。 順序は側板と天板・地板が入れ替わるパターンもある。しかし,幾何的に考えるには3次元なのでいささか複雑になる。

そこで簡易的・直感的に把握する方法として,CADを利用する手がある。 CAD上でモデルをグリグリ回して開口部から箱内部を覗き,3つの面が同時に見える角度は3次反射が返ってくる。 仮に3つの面のひとつが完全に吸音されていれば3次反射波は開口部に達しない。

さて,1回反射,2回反射,3回反射いずれにも共通して反射波が通過する面がある。 それはリアパネルだ。

つまり,リアパネルはユニットに対して平行に対向するため,常に反射波が通過するので影響が大きい。 したがってリアパネルには重点的に吸音材を貼り付ける。もし,リアパネルを完全に吸音できたら2次反射も3次反射も消えてしまう。

ここでは仮定しとして入射角と反射角が等しいとしたが,板の表面の状態,もしくは障害物があった場合は音波が拡散してしまう。 その場合はこの考察は無意味になってしまうことを頭の片隅に入れておく。

リアパネルを完全に吸音できればいいがそうもいかない。 反射による減衰は掛け算で効いてくるが,残響の影響が大きい100Hz〜1kHzの周波数帯域においては木の反射係数は無視できるほど低くないため側面,天板,地板にも吸音材を貼り付ける。 結果としてCAD図に示したように特にリアパネルに近い部分を重点的に吸音するとよいという結論に至った。

JBL D130 Enclosure Design

吸音材は25mm厚のグラスウールが標準のようだ。グラスファイバーのチクチクのは嫌だ。 それ以外の素材でも構わないだろうが,吸音材によって音が変わるという主張もあるようだ。難しい。 今回は天然系の素材で行きたいのでウールにする。

天然系にこだわる理由の一つは静電気の防止だ。 石油系の合成繊維は絶縁抵抗が高く静電気を逃がさない。 ウールや綿は水分を吸収しやすく絶縁抵抗が低い。

ウソかホントかわからないが,スピーカーが動けば空気が動く。空気が動けば静電気が発生する。 スピーカーフレームをグランドに落とすと音が変わるとか,ケーブル表面の静電気を逃がすと音が変わるとかWEB上で見かける事象がある。

また,活性炭には吸音作用があるらしい(KEFのACE)。ということで墨汁を塗りたくるということも行うことにしている。


JBL D130 Enclosure Design

さて,ALTECの資料には電池を使った残響テストが示されている。 スピーカーに電池をつないでインパルスを与える。その音を耳で聞き,残響の有無を確認するという方法だ。 アマチュア的にはよいかもしれない。

今回はマイクで応答を録音してPCでFFTすることにより定量的に残響を見ていく。

「響きの良い」エンクロージャーとよく言うが,「内部の残響がきれいなのか」,「箱の振動がきれいなのか」まず区別して考える必要があるということが分かった。

内部の残響については直方体で箱を作る限りは定在波が避けられない。 バッフルとリアパネルを平行にしない形状は先に紹介したトラぺゾイド以外にWEやALTECの箱にもみられる。 学校によくある放送用のスピーカーと同じ形だ。

ちなみに622Bは12インチ(30センチ)用だ。ギターアンプ用のキャビと兼用するためにこの形も検討したのだが,15インチだと大きくなりすぎる。

2-6:補強

50kgのスピーカーを持ち上げて腰がいってまうと一生もんなので,重量軽減のため板厚をいたずらに増やさず,その分,適切な位置に補強を配する構造とした。

板厚は標準的な20mmとしている。バッフルのみ25mmとした。 板厚は使う材料と大きさによって左右されるが,厚くなれば当然重たくなる。 JBLやALTECは19mm以上の合板を推奨している。

板厚を厚くすれば強度が稼げるので補強が不要となり工作が簡単になる。重量は増加するが低音再生には有利に働くだろう。 大量生産に向いている手法と言える。

DIYerには重さが負担となる。今回は20kg以下だがかなりの修行度だ。 もし箱だけで50kgあったら・・・趣味の域を脱した肉体労働だろう。そんな情熱はない。 穴あけなどの加工も考えてDIYを楽に行うなら20mmが限界と思う。

補強を入れるのは手間がかかるがピアノやバイオリン,ギターなどの楽器は響きをコントロールするために補強板がうまく活用されている。

分かり易い楽器の例ではカホンという楽器がある。木製の箱を叩いて音をだす。外見はスピーカーに似ている。 太鼓のような周囲を固定された膜状の物体は固有の振動数を持つ。 低い基本波モードからもっと複雑な高次の振動モードが多数存在する。 このモードの組み合わせによりいくつもの周波数にピークを持ち,キャラクターというべき固有音をもつ。

安いギターでも特定の音階でピーク・ディップ持つことがある。 高級なよくできた楽器は音階によって音量は変わらない。安物の楽器は出にくい音階があったり強く響く音階があったりする。

高級なスピーカーを目指すなら特定の周波数で発生するピークを分散させ,固有のキャラクターを殺さなければならない。

特定のモードの振動を抑制するために補強材を取り付ける。補強には軽量で高強度な素材が向いている。 重くて強度の無い補強材は共振周波数をいたずらに下げるだけで振動抑制の効果は薄い。 つまりデッドマスのような制振の考え方は根本的に改めたほうが良い。もちろんデッドマスは効果はあるし音は変化するのだが。

楽器の補強に使われるのは堅く強度の高い無垢の角材であり,重くて強度のない合板は使われない事からも明白だ。

振動系の基本原理はバネと重りの自由振動で説明できる。 デッドマスを取り付けると振動モードを変化させ,振動周波数とモードに変化が出るだろう。 この場合,振動周波数を低くして耳につきにくくする効果が支配的で,周波数が低くなる分,振動の減衰時間は逆に長くなり振動を抑えるのが難しくなる。

もしデッドマスを使用して振動を抑制したいなら,板とオモリの間にゲルのような制振材を挟み込むと効果が高いだろう。 こうするとデッドマスが機械的なグランドとなり,LPF回路と同様に高い周波数を効果的に吸収してくれる。 ただしその音の変化はまさにデッド「音が死んだ」なんて言い出す人が出てくるだろう。

補強により強度を高めた場合は振動周波数が高くなり速度に対する抵抗成分が相対的に強く働くので振動の減衰は速くなる。 ただし固有のキャラクターが耳につきやすくなるのでチューニングは難しいだろう。 そして上手くチューニングできれば明るくて明快な音が期待できる。

以上のことからスピーカーも同じ考え方でよいだろう。 JBLの指南書には,適切な補強は箱鳴り(ドラミング)によるブーミングを防ぎ中音域の濁りを減らし低域の再生を助けると記述がある。

楽器と同様に考えていくと補強の入れ方は相当のノウハウが必要になるだろう。

JBLのある資料では「250mmごとに1"x3"か2"x4"で補強」 また別の資料では「補強は2"x3",2"x4"で,300mm〜600mmの面には1本,500mm〜1200mmの面には2本」とされている。 まあ,おおむね前者と同じ条件というわけだ。

ALTECのある資料では「3sq feet以上の面は1"x2"で分ける」つまり500mm□以上の面を半分にしろと言っている。 少し時代が下ると「2sq feet以上の面は2"x3"で分ける」つまり400mm□以上の面を半分にしろと言っている。

要約すると200mm〜250mmの面があったら補強を入れろと言うことになる。

今回は最長辺が576mmなので2分割すれば概ね条件を満たせる。

補強材は2"x3"の角材が妥当だろう。補強は縦長に使ったほうが強度が稼げるがアスペクト比が大きすぎると補強材が倒れるような余計な共振モードが発生する。 これ以上大きな補強材を19mm厚の合板に使うのは不釣り合いな気がする・・・

JBL D130 Enclosure Design
2"x3"(50mm×75mm)長さが500mmの補強材のイメージ図


ツーバイフォー材のサイズに誤解があった。数字より0.5インチ細い。つまり。2×4は1.5×3.5(インチ)だそうだ。まとめると。

表示:インチ:ミリメートル
2×3:1.5×2.5:38mm×63mm
2×4:1.5×3.5:38mm×89mm
1×2:0.75×1.5:19mm×38mm(厚さ0.75インチ)
1×3:0.75×2.5:19mm×63mm(厚さ0.75インチ)


今回は補強には30mm□のメープルの無垢棒を使用した。 それほど大きな箱ではないので十分ではないだろうか。 これより太くすると内容積が減ってしまうことが気になってくる。

ここからは独自の工夫だが,補強を入れる位置は面や辺を2:3に内分する線上にした。 2:3は5度の響きとなる。いわゆるパワーコードと言われ,心地よい響きになると考えた。

面の共振を抑えたいのならば振幅が大きい面の中心「腹」にあたる部分を押えていくと考えるだろう。 そうすると常に長辺の1/2の内分点を押えていくことになる。しかし,これでは2倍の共振モードは残ってしまう。 中心からずらした位置を押えて振動モードを分散させることで共振周波数を分散させることができると思う。

エレボイのリングモードデカップリング(RMD)という技術は実際のところどんなものなのか知りたい。

続いてこれも独自の工夫だが,角材のすべての角を落とした。先ほどの図のBに相当する。 直角の角は回折による音波の放射源となり余計な干渉を発生させる。 楽器に使われる補強材は例外なく角が落とされているのはこうした理由があると思われる。

また,変形の大きい補強材の中央部には大きな応力が加わるが,板端に近い部分は変形が少なく加わる応力が少ないため何の働きもしないデッドマスとなる。 重さがあるのでモーメントを発し,余計な振動を発する原因になると考えられる。

図のCのように余分な部分を大きく削り取りたい。 ギターやピアノ,バイオリンの補強はこのような形状になっている。 楽器製作者はこの部分の削り量を決める際に板をタッピングして音を聞きながら調整していくようだ。

今回は工作が大変なのでC10で面取りしてお茶を濁した。もう少し大きく削り取らないと意味ないかも。

JBL D130 Enclosure Design
実際に行った加工図,30mm□のメープル

また,補強材の長さをわざわざ短くして,垂直に対向する面との間に隙間を設けた。 こうして各面に対して独立に効果を発揮するようにした。 ひとつの面で発生した振動を他の面に伝えない工夫だ。 これも楽器の補強と同様の発想だ。

一方で古い自作オーディオ指南書に記載されてい木下氏(レイオーディオ)の記事には箱の隅で補強材同士をがっちり固めるとよいと書いてある。 どちらを取るかはアナタ次第だ。

前後,左右の対向する面同士は補強材によって結合し,ノーマルモードの振動を抑制する。 スピーカーが発する音響エネルギーはすさまじく,膨張・圧縮の力に対しては相当高強度にしておかないと簡単に箱鳴りしてしまう。

前後の結合位置はフロントバッフルの中でももっとも振幅の大きいユニット直近部分とした。 バイオリンの魂柱と同様に中心から少しだけ外した位置とした。

左右の側板同士を結合する位置は2:3の分割位置とした。

JBL D130 Enclosure Design

2-8:材料

本体はラバーウッドの集成材を使用した。 ラバーウッドとはゴムの木だそうだ。天然ゴムを取った後,伐採され捨てられていた木材を有効利用しているらしい。 密度が0.6程度と高く,堅いのが特徴とのことなのでスピーカーには適していると判断した。値段も安い。

身近なところで,子供の積み木がラバーウッドでできていることに気付いた。 元々直径がそれほど大きい木ではないので再利用するには集成材がよいのだろう。

堅い方が切削加工には向いていると考えられる。 板厚は20mmを基本にバッフルのみ25mmとしたが,結構重いので箱だけで20kg近くなる予定。

実際のラバーウッドを扱った感想は,堅さ・重さはあるものの,やや脆くバリが出やすい,凹みやすい。 その分,内部損失は高めなのかもしれない。導管はボンドを通すくらい太いので塗装が大変そう。

板取は家具的な思想で長辺方向に木目が流れるようにした。 集成材は合板と違って木目によって強度が異なるため,表面の仕上げだけでなく,音響的な観点から板取や補強を考える必要があると思う。 メーカーの製品は合板やMDFばかりを使うが,設計管理のしやすと製造品質の安定化のためだろう。

補強材に使う木材は強度のあるメープル無垢板とした。アルミアングルやカーボンを使っても面白いかも。 メープルは強度が非常に高く,加工性もよいし表面の手触りも気持ち良い。削った時の匂いもよい・・・

桟と保護ネットの枠は加工しやすく安価なポプラ無垢板とした。 色ムラがあり緑色っぽい部分もあるが,強度はそこそこで加工性はよい。

2-9:バッフルの固定

バッフルは取り外し可能にする。ユニット交換や,2WAY化を目論んでいる。 固定方法はネジと爪付ナットを使用し,ネジ止め位置はいわゆる「節」の位置とする。

バッフルの短辺・横方向は3点止めとする。 中心に1点,辺を8等分した最も外側に2点として合計3点で固定する。つまり寸法比は1:3:3:1の関係となる。 振動モードを考える上でネジ止め位置を節,板端は自由端と考えると2:3の比率になる。

バッフルの長辺・縦方向は4点止めとする。10等分して,1.5:2:3:2:1.5の比率で辺を分割した点を固定する。 端を自由端とするとやはり3:2:3となる。 もし仮に端を固定端と考えると1.5と3の寸法比は1:2となるのでオクターブの関係となり,響きに濁りが出ないと考えた。 やはり2:3は5度の響きとなる点を考慮している。

まあ,結局のところ効果を定量的に把握できないので「気休め」程度の理由づけでしかない・・・

2-10:構造解析の導入

今どきのスピーカー設計には多かれ少なかれコンピューター・シミュレーションによる構造解析が導入されているだろう。

構造解析は高度な専門知識が必要な分野なのでアマチュアレベルでは効果的に利用するのは難しかろうが,イメージを広げて確かなものとするためのツールとしては使えると思っている。

今回は補強材の入れ方とパネルの固定点について振動モード解析を行ってイメージを広げてみた。

シミュレーションを活用するために必要なのは適切なモデルと適切な条件設定だろう。 モデルの作り方が悪ければ計算精度に影響するし,計算時間が余計にかかったり,計算が発散することもある。 計算条件が悪ければ見たい現象を再現することが出来ない。 複雑なモデルでは干渉する要素が多いので正確に解析して設計するのは難しい。

出来るだけモデルを単純化して,欲しい現象を絞り込んで解析するのがよいだろう。

今回はLISAと言う構造解析ソフトのデモ版で計算を行ってみた。 モデルの作成はGoogleのスケッチアップだ。

JBL D130 Enclosure Design
振動モードのEFM解析の例,外周部を固定した板の中央に補強を入れた場合(振動モード解析:1次,2次,3次)

2次では補強板が捻じれているのがわかる。こういう現象は頭の中で考えただけではイメージしにくい。


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