真空管ギタープリアンプの回路設計


ディストーション発生回路

そもそも歪み(ゆがみ?ひずみ?)はギターアンプの音量を限界以上に上げることによって発生していました。 50〜70年代の初期のギターアンプは,プリアンプにおいてはトーン・コントロールしか行わず信号がクリーンな状態でパワーアンプへ送られていました。 ところが,大音量のロックが普及してきていわゆるディストーションサウンドが一般的になると,心地よいディストーションを得ながらも音量をコントロールする必要が生じました。 初期のアンプにはマスターボリュームなどはなく音量を下げれば歪みも少なくなりましたので,心地よい歪みを出すためにはボリュームをガンガンに上げなければならなかったのです。

単刀直入に言えばプリアンプで歪みをつくる必要が出てきたということです。 最初にプリアンプで歪みを作ろうとしたのはおそらくメサ・ブギーだと思います(多分)。。

メサ・ブギーでは先ほどのフェンダー型プリアンプで使われているカソード接地を2段使用した増幅回路に加えて,同じようなカソード接地の増幅回路を1〜2段追加しています。 回路を直列にして増幅を繰り返すことによって真空管が飽和状態になり歪みが発生します。

回路例

オーバードライブ回路

上の図がわたしが製作したアンプの歪み発生回路の一例です。 フェンダー標準のカソード接地回路に12AX7を使用すると1段増幅で約50倍程度のゲインが得られます。 ストラトのようなシングルコイルピックアップは出力電圧があまり大きくありませんが,2段分の増幅で歪み始めるクリップレベルにほぼ達します。 この信号をさらに増幅して歪みを得るためにこの歪み発生回路ではさらに2段の増幅回路を通しています。

各部の定数選定方法

増幅回路の入り口では歪みの深さを決めるためにボリューム(Gain)が設けてあります。 増幅回路の入り口で信号を減衰させれば歪みは少なくなります。 ここに高音域のきらびやかさを強調するためにC1:500pFとR1:470kで構成したHPFを設けています。

500pFはスイッチでON,OFFすることができます。 この500pFのコンデンサーと470kΩによるHPFはマーシャルなどでよく見かけます。 歪み回路の前で高音域を強調することによって倍音が豊かな歪みになります。

歪み発生用増幅回路の1段目はカソード・バイアス抵抗がR2:1.5kΩ,プレート抵抗がR3:220kΩです。2段目のプレート抵抗はR7:270kΩです。 この二つの定数は歪みの質に大きく関係してくるため本来はカットアンドトライでいろいろと試してみるべきです。

カソード・バイアス抵抗は1.0kΩ以下では電流が流れすぎる可能性があるのでお勧めしません。 上限はありませんが,47kΩくらいまでの実例があります。 最近のハイゲイン系アンプはカソード・バイアス抵抗を大きくしている場合が多いようです。

プレート抵抗はプレート電位が低くなりすぎないようにすれば大抵の値が採用できます。 通常は100k〜220kΩくらいです。もちろん小さすぎるとゲインが落ちて歪みもでません。 ここら辺の定数をいろいろ変えて歪み方の変化を探って見たいものです。

カソード・バイパス・コンデンサー

歪み発生用増幅回路の1段目に話を戻します。

この回路ではカソード・バイパスのコンデンサー(C2,C3)はスイッチで切り替えられるようにしました。 バイパス・コンデンサーの値を0.1uFなどと小さくすることによってHPFとして機能させて低音を抑えられるようにしています。

歪み回路の手前で低音をある程度カットしないとギターで弾いたコードのルート音が暴れて倍音成分をすべて塗りつぶしてしまいます。 この状態ではパワーコードを弾いた時などにコード感がなくなってしまいます。 また,弦に触れたときにボコっとスピーカーが揺さぶられたりしてあまり気持ちよくありません。 かといって低音を抑えすぎると軽くて存在感のない音になってしまうので,スピーカキャビネットや音量によって調整できるようにスイッチをつけました。

ゲインをいったん下げる

歪み発生用増幅回路の1段目と2段目の間では抵抗で分圧することにより一旦信号を減衰させています。 通常,1/2から1/10程度に減衰させる回路を良く見かけます。

大体のギターアンプがこのように増幅と減衰を繰り返して歪みを作っています。 確かに減衰してやらずに直結するとゲインは高いのですがロクな音がしなかった記憶があります。

真空管の飽和とブロッキング現象

真空管が飽和して信号が歪む時には普段は流れないグリッドにグリッド電流が流れます。 グリッド電流が多量に流れるとグリッド電位が変化して真空管の動作に必要なバイアス電圧に影響を及ぼします。 最悪の場合,アイドリング電流がゼロになってしまい,真空管がカットオフ状態になり音が出なくなります。 この現象をブロッキング現象と呼びます。

歪み発生回路では段間に分圧回路を挿入して減衰させることで過大な入力を抑制し,次段のバイアス変動を抑えているものと考えています。

LPF(ローパス・フィルタ:ジョリジョリ防止)

話は戻りますが,ここで分圧すると同時に軽いLPF(C5)をかけています。若干高音域がショリショリして耳障りだったためです。

歪み発生用増幅回路の2段目ではプレート抵抗(R7)を270kΩにしています。 より歪みやすくなるはずです。ここも要検討です。

R7:270kΩとパラにつけてあるC7:390pFはLPFです。これも高音域のザラつきを抑えるために入れています。

まとめ

この歪み発生用増幅回路の第一の肝は,入力にある500pFの切り替えと,1段目のカソード・バイパスコンデンサーの容量切り替えです。 この二つの切り替えによって歪みに入る前のトーンキャラクターを変化させることができます。 ただし,ちょっと効きが甘いのが難点で効果が分かりにくいです。

第2の肝は1段目と2段目の間で一旦信号を減衰させていることです。

第3の肝は・・・ありません。カソード・バイアス抵抗の値をカットアンドトライしてみたいです。 ボグナーやソルダーノなどはカソード・バイアス抵抗が10kΩ以上だったりします。ここら辺にノウハウがある気がします。

なお,ここで示した回路はメサ・ブギーのMarkVの回路をパクったリスペクトした上で改良しています。

カソード・フォロア

カソード・フォロアー

右の図はマーシャルなどの歪み回路でよく使われているカソード・フォロアです。 カソード接地で1段増幅を行い,プレートの負荷抵抗に次段のグリッドを直結してカソードから信号を取り出しています。 もともとフェンダー・ベースマンの回路がこうなっているのを踏襲した結果だと思います。 目的はイマイチはっきりせず,トーン・コントロール回路のインピーダンスが下がりがちなのでその為に入れているのか,それとも歪みの出具合が変わるのかわかりません。

最近のアンプでマーシャル系の音を目指すアンプは必ずカソフォロが使われています。メサ・ブギまでも。 最近のアンプの歪み発生回路はほぼ共通した構成になっており,ギタープリアンプ設計の成熟度が上がっていることを考えさせられます。


直結カソフォロをいれると波形の上下の歪み具合が均一になるようです。また,倍音豊かな音になるようです。 実際どのような現象が起きているかはわかりませんが出力が三角波に近い波形になっていたのを見たことがあります。 それが出音にどのように影響するかまでは検証し切れていません。ただ,弾き心地のよい音と感じたのは確かです。

13:30 2022/06/11
20年くらい放置しておいて無責任ですがいまさら補足です。BLOGにスパイスによる検証記事をUPしました。
倍音豊に感じると書いていますが,それは回路パターンとしてポストEQと組み合わせて使われるからだと思います。 つまり,ポストEQのミドルカットによるドンシャリが心地よいのだとおもいます。 三角波になるとも書いていますが,それはトーンコントロールの特性だと思います。 つまるところカソフォロは低インピーダンスになりがちなトーンコントロール回路をドライブしているために入れていると思います。 カソフォロ無しでは出力インピーダンスが高いのでゲインが低下したり,トーンコントロールのフィルター設定が変化したりします。 クリップの仕方にもカソフォロ特有の癖があり,上下非対称クリップになります。ま,これがよい音になるのかはよくわからないのですが。
BLOG記事

最近のアンプの回路図についての詳細はここを見てください→ ギターアンプの細道


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