真空管ギターアンプの回路設計


バイアスについて

ところで「バイアス」ってなに?という疑問に答えます。。答えられてるかな?

固定バイアス方式

バイアスとは真空管の動作に必要となる各電極の電圧配分です。 「下駄を履かせる」とか「かさ上げをする」とか「のりしろ」とか言われています。

真空管の場合は主にカソードに対するコントロール・グリッドの電位のことを言います。 電位差ですので「バイアス電圧」と呼びます。

図中の「VGC」に相当する電圧がバイアス電圧です。この電圧を変化させるとカソード電流「IC」を制御することができます。 厳密に理解するには真空管の動作原理までさかのぼる必要がありますがここでは省略します。

また,無信号時のカソード電流「IC」を「アイドリング電流」と呼びます。

通常コントロール・グリッド(以下グリッドと略す)はカソードよりも低い電圧に設定しなければなりません。

例えば,6L6系の真空管のカソード接地動作(固定バイアス方式)においては,カソードを0Vにするならば,グリッドはマイナス30V程度にします。

グリッド接地動作(カソード・バイアス方式)ならば,グリッドを0Vにして,カソードをプラス30V程度にするということです。

バイアス方式グリッド電圧カソード電圧
固定バイアス-30V±0V
カソード・バイアス±0V+30V

バイアスの極性

マイナスの電圧を表現するのでややこしいです。整理しておきます。

バイアスを「深く」する(カソードとグリッドの電圧差をより大きくする:Over Bias) => カソードに流れる電流「IC」が減る

バイアスを「浅く」すると(カソードとグリッドの電位差をより少なくする:Under Bias) => カソードに流れる電流「IC」が増える

電流を多く流すと発熱が多くなり,真空管の寿命が減ります。

電流が少ないと音が途切れたり,汚い音になったりします。


バイアスの”クラス”,クラスAとは?

A級(Class A)という言葉が聞かれるようになったのはマッチレスが登場してからだと思います。 なんとなく高級なニオイがするこの魔法の言葉ですが,実際はどんなもんでしょうか。

「バイアス電圧」は「アイドリング電流」を決めます。 アイドリング電流とは無信号時,つまり信号入力がゼロの時に真空管に流れている電流です。動作点とも言います。

「アイドリング電流」とは何でしょうか。

まず,スピーカーを交流で駆動することを考えて見ましょう。

交流

無信号時,つまり電流が流れないときはスピーカは中点位置に来ます。 そしてスピーカーはプラスの信号を印加すると前に出て,マイナスの信号を印加すると後ろに下がります(極性が逆のモノもあります)。 このようにして空気中に音波を発するわけです。交流はプラス側のエネルギーとマイナス側のエネルギーが一致します。

無信号時はスピーカに流れる電流がゼロになります。 しかし,電流増幅行う真空管やトランジスタは電流ゼロ付近での非線形性が強く,歪みが出やすいため,きれいな信号を得るためには無信号時にも多少の直流電流を流しておく必要があります。 この電流をアイドリング電流といいます。

つまり,デバイスをうまく動かすためにアイドリング電流が必要であり, アイドリング電流を流すために与える電圧をバイアス電圧ということになります。

A級・B級の説明

出力電流

スピーカーにこのような出力電流を流すとします。最初はゼロ,その後振幅0.5のサイン波,そして振幅1.0サイン波,最後はまたゼロという信号です。

A級(Class A)増幅器

A級:Class A

無信号時に最大出力電流の50%(以上)の電流をアイドリング電流としてデバイスに流しておきます。

電流変化の幅は0%〜100%ですので,電力増幅器が出力できるプラス側の最大出力電流(吐き出し)は 100% - 50% = 50% となります。 マイナス側の電流(吸い込み)はアイドリング電流と同じ値になります。 結果として±50%相当の電流しか出力できないため効率が悪く,大出力が望めません。

グラフでは最大値が「2」ですので,アイドリング電流は「1」です。0〜2まで信号電流が変化します。出力電流の変化は「±1」となります。 青く塗られ部分が流れている電流ですので,電流が沢山流れて効率が悪いことが分かります。

シングル・エンド方式のギターアンプは全てA級です。 フェンダーのチャンプはA級です。

しかし,カソード・バイアス = A級という理解は正しくありません。 そういった意味で,VOX AC30はA級と言われることもありますが,実はAB級です。

A級アンプはスピーカーへ出力する電力の大きさにかかわらずアンプ全体の消費電力が一定という特徴があります。

B級(Class B)増幅器

B級:Class B

無信号時はゼロもしくは最低限のアイドリング電流だけ流しておく。スピーカーには入力に比例した電流を二つのデバイスから交互に流す。

シングル・エンド方式は必ずA級です。もしB級だと波形のプラス側だけしか出力することが出来ません。 マイナスの信号に対してはゼロ以下のマイナスの電流を制御することができず底がつかえてしまうからです。

「もう無理〜これいじょう下がらないよ〜」という状態です。そこでプッシュ・プル方式が登場します。

マイナス側を駆動する真空管を追加して0%〜マイナス100%を受け持たせます。 プラス側の真空管とマイナス側の真空管を合わせてマイナス100%〜プラス100%まで駆動できるようにしたものがプッシュ・プル方式です。 図中では±1になっています。

B級アンプは信号波形のプラス側とマイナス側を別々の真空管で駆動するのでプッシュ・プル方式が必須となります。 アイドリング電流が最小限になりますので効率よく大出力を出すことができます。

B級アンプは出力の大きさに応じて消費電力がダイナミックに変化します。

AB級(Class AB)増幅器

AB級:Class AB

A級とB級の中間で,B級よりも多目のアイドリング電流を流している状態です。 完全なB級では波形の上下の切り替わりでクロスオーバー・ディストーションが発生してしまいますがAB級はこれを減らす効果があります。 ギターアンプで言うならば小音量のクリーンがキレイになりますが,その代わりに消費電力が増えてアンプが熱くなります。

アンプのクラス分け

つまり”クラス”とは無信号時のアイドリング電流と最大出力電流の大きさの関係に応じて決められた区分です。 無信号時に多くの電流を消費し無駄が多いのがA級,電流消費が少なく無駄が少ないのがB級です。

プッシュ・プル方式は電流を増やしていくと,B級からAB級へと変化し,多くの電流を無駄に流せばA級へと動作が変わっていきます。 オーディオ用のアンプにはA級プッシュ・プルはありますが,規模の割には取り出せる出力が小さくなるのでギターアンプではあまり使われていません。 また,B級やAB級の真空管アンプは動的なコンプレッションが強くかかりその反応がギターアンプらしいピッキング・レスポンスを呼び起こします。 そういった都合からもプッシュ・プル方式の真空管アンプが賞用されているのだと思います。


バイアスの適正値

オーバー・バイアス(バイアスが深い)状態

アイドリング電流が減り,B級動作に近づきます。

純粋なB級では真空管がカットオフしてしまうことから,クロスオーバー歪(Cross Over Distortion,ノッチング歪みとも言う)が出やすくなります。

クロスオーバー歪が出ると音が濁ってしまいます。

アンダー・バイアス(バイアスが浅い)状態

アイドリング電流が増え,A級動作に近づきます。

無信号時のアイドリング電流を増やすとクロスオーバー歪を減らすことが出来ます。 ただし,電流を流しすぎると真空管の損失が大きくなり,熱くなり,プレートが赤くなるなど電源と真空管にストレスがかかりますので注意が必要です。

真空管が加熱すると熱暴走を起こしやすくなるので注意が必要です。

プレート損失を超えた状態で無理やり使い続けると真空管の寿命が短くなります。

適正アイドリング電流

適正値は6L6GC系では1本あたり30mA〜50mAくらいでしょうか。

電源電圧を450V,電流が40mAとするとプレート損失は下記のように計算できます。

450[V] x 0.04[A] = 18[W]

バイアス電流は許容プレート損失の70%以下にを目安に設定するのがよいといわれています。 6L6GCのプレート損失はGEの仕様書を見ると30Wですから,上記の条件では60%になります。

50mA以上流すとかなり熱くなり,プレートも赤くなってきますので,ほどほどにしておいたほうがよいです。

真空管黄金時代の設計指標は真空管に厳しい動作になっている場合が多いので鵜呑みにするとすぐに寿命が来てしまいます。

頻繁に真空管を交換したくない場合は控えめな動作にすればよいわけです。

バイアス調整

固定バイアス方式のアンプはバイアス電圧を調整することにより,アイドリング電流を調整できます。 真空管を交換した場合は必ず調整が必要です。また,温度や時間の経過で変化しますので,使用しているうちにいくらかズレてきます。

電流を測るためにはカソードとグランドの間に1Ω〜10Ωをはさみ,電圧降下によって電流を測定する方法が一般的です。 OPTの直流抵抗と電圧降下で測ることも可能ですが,温度が上昇すると抵抗値が変わることから定量的な測定は難しいです。

カソード・バイアス方式のアンプの場合は,カソード電位とカソード抵抗からアイドリング電流を計算できます。 電流量の調整するためにはカソード抵抗を交換する必要があるので現実的ではありません。



アイドリング電流はエンジンのアイドリングと同じ・・・

余談:たとえ話(まだイメージがつかめない人向けに・・・)

アイドリング電流はよく自動車などのエンジンのアイドリングに例えられます。 もちろん最近流行のハイブリッドカーなどではなく通常のガソリンエンジンやディーゼルエンジンのことです。

自動車のアイドリングとはエンジンが動いていて,アクセルを踏まない状態のことです。 自動車に興味のない最近の若い人はピンと来ないかもしれませんが・・・(困った)

回転数が少なすぎるとノッキングを起こして回転が不安定になりエンジンが停止してしまいます。 逆に回転数が多すぎると燃料の無駄遣いとなってしまいます。

アンプを自動車のエンジンに例えると・・・A級は?

A級シングル・エンド方式では最大出力の1/2のアイドリングが必要ということになります。

例えば,10000回転まで使えるエンジンならばアイドリングは5000回転にします。 5000回転でアイドリングしているエンジンは0〜10000回転の変化幅を得ることが可能です。

もし,アイドリングを1000回転に設定していたらば0〜2000回転の変化幅しか得ることが出来ません。 音声信号の増幅の場合,プラス側だけ伸ばすようなことは出来ないからです。 なぜならばスピーカを駆動するためには音声信号のプラス側とマイナス側の電力を等しくする必要があるからです。

つまりA級では適切にアイドリングを設定しないと10000回転まで使えるエンジンの能力を使い切れないことになります。 また適切に設定されたA級はアイドリング時に5000回転を維持するため燃料消費も多くなります。

じゃあB級は?(エンジンが二つ)

B級プッシュ・プル方式ではプラスの信号に対してプラスのパワーを供給するエンジンと, マイナスの信号に対してマイナスのパワーを供給するエンジンが別々にあると考えればイメージしやすいかもしれません。 つまり前進用のエンジンと後進(バック)用のエンジンが2台あるというイメージです。

まず,2台のエンジンを500回転くらいでアイドリングさせておきます。 回転数をあまりに低くしてしまうとノッキングを起こしてしまいます。

プラスの信号が入ったら,前進側のエンジンの回転を上げてやります。 逆にマイナスの信号が入ったら後進側のエンジンの回転を上げてやります。 そうやってスピーカーを駆動します。

B級の場合,片側のエンジンが働いているときはもう片側はお休みしていても構いません。 しかし,B級動作ではアイドリングを低くしすぎると, 二つのエンジンの引継ぎのときにノッキングを起こしたりしてギクシャクしてしまいます。 引継ぎをスムーズにするためには,アイドリング時の回転数を高くして二人とも働いている時間を長くしてお休みを少なめにします。 これがAB級です。

さらにたとえ話,パワーの話

余談ついでにパワー管の種類を自動車にたとえて見ましょう。。。

最大出力は真空管の種類と動作電圧,負荷によって変化します。 非力な6V6やEL-84は600ccの軽自動車。よく使われる6L6やEL-34などは1500ccクラス。 6550やKT-88は3000ccクラスといったところでしょうか。

真空管は並列動作も出来るので,6L6やEL-34を4本使ってパラレル・プッシュ・プルにすることも可能です。 出力管を4本使用したパラレル・プッシュ・プルでは2本のプッシュ・プル動作の2倍の電力を取り出すことができます。 6本(3パラ),8本(4パラ)のパラレル・プッシュ・プルアンプももちろん存在します。

ギターアンプの音量を考えると,楽器用のスピーカを使えば6V6クラスのアンプでも相当な大音量が出ます。 欲しい音量とバンドのドラマーの音量によってアンプの種類を変えるのが理想的です。

例えば,オーバードライブは6V6プッシュ・プルの「Deluxe Reverb」で,クリーンは6L6パラプッシュの「TWIN Reverb」, と2台のアンプを用意して切り替えて使えば音的には最高です。 オーバードライブする前提ならば,爆音ドラマーと対戦する時でも20W程度のDeluxe系で何とかいけます。

100Wのヘッドに4x12インチのキャビを2台とかそういうアンプ(いわゆる3段積み)は大きなステージ用です。 とはいいつつも最近のミュージシャンのステージではそういったアンプは「飾り」で,アンプからは音が出ていなかったりするようですが・・・

最後に,最近話題のD級アンプはハイブリッドカーということですかね。。 停車時にエンジンを止めてしまうのと同様に無音時はエネルギーをほとんど消費しません。


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