真空管ギターアンプの回路設計


配線・部品配置・実装

電力増幅器は扱う電流が大きいため,部品配置や配線の引き回しでノイズの出方や発振に対する安定度が変わってきます。 アンプの性能を左右するとても重要な事項です。 ノイズが少なく,発振しにくいアンプは帯域も広くダイナミックレンジも広くなります。

部品配置は回路設計と同様に重要です。 どんなにすばらしい回路でも部品が適切に配置できなければ実現できません。


グランドの引き回し

まず配線で注意するべきことはGND(グランド)の配線です。

特に電源の整流器付近の配線は小さくまとめて,他の音声信号系のGNDと分離することが肝要です。

真空管アンプの配線方法,引き回し,グランド

上の図は電源周りの結線の様子です。きたねー。。 整流管を使用した,5極管・シングル・エンド方式アンプの結線を示しています。

電源リップルの経路に注意

緑のラインはリップル電流の流れを示しています。 シャーシにこのリップル電流を流してはいけません。ハムノイズが出る可能性があります。

接地点はできるだけ静かなところがいい

赤字の×を書いた部分は回路図ではこのような表記になっていてもシャーシには接続してはいけないということです。 整流出口のコンデンサーには大量のリップル電流が流れます。スタンバイスイッチにもリップル電流が流れます。

パワー管に流れる電流の経路

水色のラインはパワー管を流れる音声信号の流れを示しています。比較的大電流が流れるのでリターンパスを明確にして直接配線してやります。 A級アンプは消費電力が変化しないのであまり悪さをしませんが,プッシュ・プルアンプは大出力時に大電流が流れるので注意が必要です。

ツイストする

このように大きな電流が流れる信号はツイストしておくと行きと帰りの電流が形成するループが小さくなり,結合が大きくなるので輻射ノイズが減ります。

配線をツイストするときは耐電圧と耐熱性が十分に保証された配線材を使用してください。
特に500Vを超えるような電源部分は高電圧用の配線材を使ってください。

初段の接地点は重要

初段付近のGND配線も同様で微小信号が流れていますので,他の配線と区別したほうがよいです。

プリアンプの増幅段ではカソード・バイパス・コンデンサの接地点を基準として考えます。 デカップリング・コンデンサのGNDもここを基準にするべきです。 シールド線のGNDもここを基準にします。

NFBの接地点は動作基準点

出力段にNFBをかける場合,トランス2次側のGNDはNFBの演算を行う増幅段のGNDに戻すのが正解です。 つまりPIにNFBを戻しているのならばPIのGNDに接続します。

ハムやノイズ,発振を防ぐ

以上のようなことに気をつけないと発振したり,ハムノイズが出たりと悩みこむことになります。

基本的な考え方は,悪さをする経路を封じ込めることです。 そうすることでノイズが減り,アンプ内が静かになります。

そのために,大電流が流れる経路を明確にしてやり,電流のリターンパスを確保します。


アース方式

1点アースの功罪

一時期は1点アース(Start Erath:スターアース)がよいと言われていました。 全てのリターンパスが明確に分離されており,共通インピーダンスが発生しないからです。

しかし,現在は多点グランドのほうがよいという情勢に変わりつつあるようです。

なぜ1点アースがよいと考えていたのか,自分自身の経験から考えると,共通インピーダンスの悪影響とグランド・ループがごっちゃになった結果だと推測しています。

共通インピーダンスは大電流,もしくは高周波が流れる部分で大きな影響が発生します。 冷静に考えれば真空管アンプでは電源付近と出力段周辺だけを考慮すればよいのです。

グランドループの影響は

グランド・ループについては一台の装置の内部のことだけ考えるとあまり考慮しなくても実際に悪さをすることは少ないようです。

一見,目には見えませんが実際の回路では実に多くのループが存在しています。 交流の等価回路を考えると驚きます。それに比べたらグランド・ループなどは鼻くそみたいな存在です。

グランド・ループは異なる機器ごとの接続や,建物内の設備同士の接続では影響が出てきます。 しっかりとシールドされたアンプ内の配線にはあまり影響しないようです。


ペア配線とリターンパス

グランド配線の項でも述べましたが,配線を考える際はリターンパスの明確化を意識します。

出て行った信号は必ず戻ってきます。 とにかく信号のリターンパスを明確化することを常に頭において配線を決定します。

リターンパスが複雑すぎるのであれば,低インピーダンスのGND面を設けてそこにどんどん接続していきます。 それで万事うまくいくというものです。

電源の配線では大電流が流れますので電流の流れを考えて2本ペアで配線します。 ノイズの輻射を防ぐ効果があります。

恥ずかしい話

恥ずかしい話をひとつ。しかも他人の。

その方は秋の真空管イベントでも人気の高名な執筆者です。 ある有名な自作系オーディオ雑誌に掲載されて記事を読んだ時です。

片切りスイッチを使った電源スイッチの配線がシャーシ後ろから左側を通り前面へ,そして右側へを通りトランスへと結果としてシャーシ内を一周していました。

このアンプはハムが出たそうで対策に腐心したそうです。

誤った配線 正しい配線

雑誌の自作記事を読むとげんなりすることがあります。

そうして恥をさらして信用を失っている人が多いこと。

まあ,わたしひとりの信用を失ったところでその人にとってはなんの問題になりませんが・・・

もちろん,わたし自身もこうして「浅はかな知識という」恥をさらしているわけなのですが・・・


シールド線の使用

入力段や微少信号が通るラインは必要ならばシールド線を使って配線するとノイズや発振のリスクを回避できます。

特にゲインの高いアンプの場合,初段の配線はとても重要です。

シールドによる高域の劣化

インピーダンスの高い部分に長いシールド線を使用するとシールド線の容量による高音域の劣化が無視できませんので低容量のシールドを使用するなどの配慮が必要になります。

例えば,100pFの容量を持つシールド線に1MegΩのボリュームPOTを使用した場合,最悪ケースで3.2kHzに高域のカットオフがきます。 これは無視できません。

シールドのグランド

微小信号用のシールド線のシールド(網線)は音声信号のGNDです。 音声信号のGNDと電源のGNDとまぜこぜにすると共通インピーダンスが発生してノイズを食らったり発振しますので配慮が必要です。 シールド線の網線はPOTのGNDか,カソード・バイパス・コンデンサのGNDに接続します。

片側設置が基本とされています。しかし,片側設置は高周波ノイズに弱いです。 適切なグランド配線を行っていれば片側設置でも両側接地でも差は出ないはずです。

もし,両側接地でノイズが発生し,片側の接地を外すことでノイズが止まるようならば,そのふたつのグランド間に電位差が発生しています。 シールド線が運ぶ信号は微小ですのでこのようなグランドの電位差は好ましくありません。太い配線でふたつのグランドを結び,電位差を解消してやります。

静電シールドで磁気結合は防げない

そして,重要なことですが,通常のシールド線は静電シールドとしての機能は十分ですが,低周波の磁気結合は防げません。 OPTの近くや,出力管の近くは大電流が流れていますので,シールド線を使って配線しても電磁的に結合してしまうことがあります。

低周波の電磁結合はツイストペア配線で低減できます。スター・クァッド配線ならさらに効果があるといわれています。 しかし,もっとも効果的な対策はノイズ源から遠ざけること,平行に走らせないことです。


部品配置の注意点

部品配置で注意する点は例えば以下が挙げられます。

トランスの向き

アウトプットトランス(OPT)とパワートランス(PT)が干渉してハムノイズが出ることがあります。 トランスを取り付ける向きが同じにならないように,取り付ける向きを90度回転した向きに設置したうえである程度,少なくとも1cm以上の距離をおいて配置します。(図がほしい)

トランスの中心線を同一直線上にすると打消しが発生して誘導が少なくなるという実験結果もあるようです。

トランスの配置を後から変更するのは大変な労力ですので,じっくり考えて,必要ならば実験を行い決めるべきことと考えています。 既存のアンプとOPTとスピーカーがあれば実験できます。 OPTの1次側は未結線として2次側にスピーカーをつなぎ,通電しているアンプのパワートランスに近づけるとハムが出ますので勘所を知ることができます。

グリッドの配線に注意

回路図上は部品をどこに配置しても同じですが,実際には部品配置でノイズや特性の変化が出てきます。

特にグリッドに接続される部品はグリッド付近に集中させると無用なノイズや発振のリスクを軽減することが出来ます。

高圧配線を減らす

高電圧がかかる配線は他の配線に対して影響を及ぼしやすいですから,高電圧部を長く引き回さない努力も必要です。

つまり,プレートの配線を高圧のまま引き回すより,コンデンサーでDCカットしてから引き回した方がベターです。

入力から出力までの信号の流れ

入力から出力まで信号の流れに沿って配線されるのが理想的です。 信号の流れがL字やT字なのは許容するにしても,U字やクロスはまずいです。 出力と入力が近いと発振してしまい,どうやっても止められない場合もあります。

電源回路(整流部分)と入力部分は遠く離れた位置に配置したほうがよいです。 出力段と初段も遠く離したほうが安全です。

部品同士の適度な距離感

過熱する真空管の近くに電解コンデンサを置くと電解コンデンサの寿命が短くなりますので出来るだけ涼しいところに配置するようにします。 電源トランスも熱くなりますので電解コンデンサーとの距離は少なくとも1cm以上離すようにします。

真空管同士,トランス同士の間隔が狭すぎるとせせこましい感じで見た目が非常に悪くなります。 ゆったりと余裕を持った配置にすると美しいアンプになります。部品配置はセンスが試される部分です。

真空管は高電圧を扱いますので,距離が近いとお互いに干渉してクロストークの原因になります。時には発振の原因になることもあります。 あと,交換の際に指が入らないとか,最悪です。。

シャーシの隅には鬼が住む

シャーシの隅は鬼門です。側面に配置する部品と天板に配置する部品が干渉します。部品配置を考える際は意識して隅を避けましょう。 シャーシに穴を開けて仮組みしたときに青くなった経験は3度や4度ではありません。むしろ毎回です(笑)


配線の注意点その他

配線の引き回しを考える際のポイントです。

コンパクトに配線する

ポイントは微小な音声信号が流れる入力周りの配線と,大電流の電気信号が流れる電源・出力段周りの配線を他の配線と分けることです。 また,ゲインの高い部分は配線の引き回しを短くして信号ループの面積を小さく作ることも必要になります。

この観点からプリアンプのデカップリング・コンデンサーは増幅回路の近くに配置することが好ましいです。

ブラックフェース期のフェンダーアンプのようにシャーシの外側に電解コンデンサーを集中配置してしまうと配線が長くなり,共通インピーダンスも発生してしまい,リップル電流によるハムノイズが出る可能性があります。

インピーダンスの高いラインは長く引き回さないようにします。 どうしても長く引き回す場合はシールド線を使用したり,ツイストペア線で配線するとノイズに強くなります。

インピーダンスの高い配線の代表はボリュームの2番端子から配線されるラインです。 ここはたいていの場合,シールドが必要になります。

大電流ライン(OPTの2次側等)や高電圧ラインと初段付近,特にグリッドに入る配線はできるだけ距離を離さないとハムノイズが出たり発振を起こすことがありますので距離を離して配線します。

電源配線と信号線は並走厳禁

微小信号が通過する重要な配線は他の配線から物理的な距離を置き,交差する場合は直角に交差させます。

電源ラインと信号ラインを併走させてはいけません。結束してしまうなんてのはもってのほかです。

昔のハイワットの配線は大変美しく,信号線と電源線が必ず直角に交差するように配線されています。さすがです。

高電圧ラインからの静電誘導

高電圧のラインは静電誘導を引き起こしますから引き回しには注意します。 電圧は高ければ高いほど周囲への静電誘導が大きくなります。

高電圧の配線はシャーシ内を無鉄砲に配線してはいけません。 限られた領域に引きました方が良いです。

シャーシから配線を離すか,シャーシに添わせるか

プレート配線は電圧が高いので,振動による配線容量の変化に敏感になります。初段のプレート配線などはシャーシから離したほうがよい場合があります。 ただし,出力段に近い信号レベルが非常に高い部分はむしろシャーシに密着させたほうがノイズのまき散らしが少なくなります。

逆に高電圧回路からの誘導電圧から保護する意味を含めて微小信号ラインはシャーシに這わせたほうがよい場合があります。 しかし,逆にシャーシからノイズを拾うことがあるのでシャーシから離したほうがよい場合もあります。 シールド線ならシャーシに添わせても弊害は少ないはずです。

ケースバイケースですね。基本はシャーシに信号電流,リップル電流を流さないことです。 そうすればシャーシをシールド代わりに使うことができます。


部品実装の注意点

実際の製作においても気を付けなければならないことはあります。

しっかり固定する

大型の部品は振動によるストレスを大きく受けます。 特にコンボアンプではスピーカーからの音圧で相当な振動を受けることが予想されるので,ブラブラの空中配線ではなく,しっかりと固定することが大切です。 部品が振動することによって余計なノイズが出ることもありますので,ブラブラしている大型部品は結束帯で縛ったり,ホットボンドで固定してやった方が安心です。

配線板などの板ものを固定するときは最低でも2点以上の支持が必要です。 どんなに小さい基板でも2点支持としたほうがよいです。1点支持では振動で緩んでしまいます。

大きな部品には大きな半田ごてを使う

大型の部品が多くなると半田付けも不十分になりやすいものです。 60〜100W程度の大型の半田ごてを使用して十分に温度をかけて半田をしっかり流してやらないと, ブツブツ言う,突然音が出なくなるなどの故障につながります。

ポットのケースは必ず接地

ポット(ボリューム)の金属部分は必ずシャーシか回路のグランドに接続します。 可変抵抗器の2番端子は非常にノイズに弱いので金属部分をグランドにつないでおかないとノイズが発生します。 ポットは菊ワッシャーを使用して強固に確実に取り付けます。 もしくは,ポットの金属カバーをグランドに直接配線してしまいます。

配線材も適材適所

配線材は許容電流と耐圧を守るようにします。高圧がかかる配線や部品の絶縁距離には注意します。

ネジにはワッシャーを

ネジ類に関してもワッシャーを必ず使用するようにします。ワッシャーを使用しないと緩んできます。 通常のワッシャーやバネワッシャーを小まめに使うようにします。 特に製作直後は緩みが出やすいので,手が入りにくい部分などはネジロックで固定してしまう方がよいかもしれません。


詳しくは「真空管アンプの安全設計」を参照してください。


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