真空管ギターアンプの部品選定


アウトプット・トランス(OPT,出力トランス)の選定

アウトプット・トランスは真空管アンプに欠かせないデバイスとして挙げられます。 真空管は真空中の電子の流れをコントロールするものですので,そもそも大電流を流すのは不得意です。 せいぜい数百mAしか流せません。

一方でスピーカーで行なわれる電気から音への変換はエネルギー効率が数%しかなく,所望の音量を得るには大電力が必要になります。 電力 = 電圧 x 電流ですので,電圧を上げるか,電流を増やせば電力が増えます。 しかしながら,実際はそれほど単純ではありません。

現在主流のスピーカーは広帯域再生と高耐入力,高感度を実現するためにインピーダンスが4〜16Ωと低い値になっています。 一方,大多数の真空管の最適負荷は1k〜10kΩ程度です。 大きな電圧が得られても大電流が流せませんので,ちっともパワーはでません。

いわゆるインピーダンス・マッチングが取れていない状態です。

送り出し機器から受け側の機器へエネルギーを送る場合,インピーダンスが整合した状態(マッチングが取れた状態)がもっとも電力効率に優れます。 トランスは低インピーダンス・スピーカーと高インピーダンス素子である真空管のマッチングを図り,大音量を実現しています。

トランスは電源も不要で電力の損失もほとんど無くインピーダンスの変換を行なうことができますので,インピーダンス・マッチングを取るには最適なデバイスです。 小出力の真空管しかなかった時代には効率よく大音量を出すためにトランスが大活躍していました。


原理

出力トランスの仕組みを少しだけ説明します。 トランスはコアとなる鉄心に2組のコイルを巻いた構造をしています。 真空管がつながる側を1次側(Primary)スピーカがつながる側を2次側(Secondary)と呼びます。

「1次側の電力 = 電圧 x 電流」と「2次側の電力 = 電圧 x 電流」は等しくなります。これが最も基本的で重要な考え方です。

そして,1次側,2次側の巻き線数の比率が電圧比と等しくなります。

インピーダンス比は巻き線比の2乗に等しくなります。

例えば4kΩ:8Ωのトランスはインピーダンス比が500:1ですので電圧比は22.4:1,巻き線比も22.4:1になります。

1次側として細めの巻き線を多量に巻き,2次側には太目の巻き線を少々巻きます。 これでインピーダンス変換が出来るわけです。

蛇足ですが,0 - 4 - 8 - 16Ωの2次側巻き線を持つトランスでは,0 - 16 タップの巻き数は 0 - 4タップの巻き数の2倍になります。


ギターアンプとOPT

現代の高性能なアウトプットトランスは電力損失が0.5dBほどと大変優れていますが,昔のトランスはもう少し劣っていたはずです。

ギターアンプは高音域も低音域もそこそこ伸びていればよく,周波数特性は欲張る必要が無いので,安価なトランスが使われていたと考えられます。 中にはパートリッジというメーカーのトランスを使用したハイワット(HIWATT)のようにしっかりしたトランスを使ったアンプもありますが。。

一般に入手できるオーディオ用トランスの多くはオーバースペックでギターアンプにはもったいないです。 コアの飽和やインダクタンスの減少による低音域でのレスポンスの低下,高音域のだら下がりもしくはピークのある特性は,抵抗やコンデンサでは作ることが出来ないトランスというデバイスならではの特性です。 こういった特性がオーディオ用トランスとギター用トランスでは異なっており,得られる音の傾向が異なるのではないかと考えています。

注意点ですが,ギターアンプは大出力で連続運転しますので,容量定格は必ず守ります。定格オーバーで使用すれば故障だけでなく発煙や発火の恐れがあります。 もしどうしても定格を超えて使いたいのであれば,長時間過負荷を加えてどのくらい温度上昇するのかを調べれば使用可能かどうか判断できます。 つまりは,自己責任ということです。検証までふくめて「設計」なのです。。


選定の手引き

トランスを選ぶ際の注意点を以下にざっくり書きましたが,フェンダーの音が欲しければフェンダーのトランスを使用し,マーシャルの音が欲しければマーシャルのトランスを使用するのが近道だと思います。 リプレイスメント用のトランスが何とか徐々に入手できる状況になりりつつあるので,いろいろと試してみたいところです。

●インピーダンス

○1次側:
使用する真空管と電源電圧,欲しい出力によって変わります。 6L6系,5881,EL34などを使用した50Wクラスのプッシュプル・アンプなら3.5k〜5kΩ程度,6V6,EL84を使用した15Wクラスのプッシュプル・アンプなら6k〜10kΩ程度です。

上記の出力管を4本使ってパラレル・プッシュプルにした場合は最適インピーダンスが1/2になります。

真空管はそれぞれの品種によって最適な負荷インピーダンスがあり,出力の上限が決まっています。 負荷インピーダンスを小さくすれば取り出せる電力が大きくなることが多いですが,ピークを超えると逆に取り出せる電力は少なくなります。 真空管の定格をオーバーするような使い方をするとパワー管の寿命が短くなりますので,負荷インピーダンスは標準設計の値をできるだけ守るように心掛けた方がよいと思います。

ウルトラリニア(UL)接続に対応したトランスもあります。スクリーングリッド(SG)を接続する中間タップが出ています。 UL接続は5極管と3極管の合いの子の動作になります。出力は低下しますが,ダンピング・ファクターや歪み率などの諸特性は向上します。 UL接続のギターアンプはあるにはありますが,あまり見かけません。

○2次側:
ギター用スピーカの標準が8Ωになっていますので8Ωは絶対に必要です。 キャビを2台パラレルで駆動する場合を考えると4Ωがあると便利です。 16Ωは最近はあまり使いません。

その他巻き線として,NFB専用巻き線やカソードNFB巻き線が設けられたトランスもありますが,ギターアンプではめったに使いません。

●容量(許容できる電力容量)

多くのアウトプット・トランスは何ワットまで使えるという数字が表示されています。 基本的にこの数字をみて判断すればよいです。

ギターアンプの場合はオーディオ用ほどは電力容量を欲張る必要はありません。 オーディオ用はトランスは電力容量を20Hzか30Hzで定義していることが多いです。

たとえば,20Hzで50Wの電力容量のトランスは,100Hzでは50W以上の出力を出すことができます。 ギターアンプは80Hz以下は不要ですので,電力容量に関してはオーディオ用のトランスではオーバースペックになりがちです。

トランスの定格容量は,コアの透磁率や飽和磁束密度とコアの断面積,巻き数や巻き線の抵抗などの要素が関係してきます。 無理な使い方をすると過負荷になり発熱が大きくなって故障の原因となります。 最悪の場合,加熱してレアショート(Layer Short:層間短絡)となり,修理不能になります。

小さいトランスはコアボリュームが小さく大出力時にコア(鉄心)が飽和しやすくなります。 コアの飽和は音色面でもよい結果になることは少ないようですので小さいトランスを無理して使うのは得策ではありません。

結局,最適解はノウハウと個人的な好みですので答えを見つけるには試してみる以外に方法はありません。

●許容アンバランス電流

ギターアンプではあまり語られることは少ないです。 許容アンバランス電流を多く取れるトランスはコアにギャップを設けて直流によるコアの飽和を防止しているもがあります。 ギャップの無いトランスとは1次インダクタンスの変化が異なりますので,低域のダイナミクス特性に変化が出ると思います。

ギャップの無いプッシュプル用トランスはアンバランス電流に弱く,電流がアンバランスになるとコアが飽和しやすくなり,偶数次の倍音が出やすくなります。 特に低音の飽和が早くなり量感が増したように感じるかもしれませんが,これが好ましいかどうかもまた好みの問題になります。

プッシュ・プル方式のアンプでは2本(または4本)のパワー管に流れる電流の差がアンバランス電流になります。 ギターアンプのバイアス回路はバランス調整ができないものが多いです。 マッチド・ペアのパワー管を使えばバランス調整を行わなくてもある程度は電流値をそろえることができます。 片側だけ交換したり,バラバラに購入した真空管を混ぜて使うとアンバランス電流が大きくなります。が,,,案外,アンバランスな状態の音が一般的なのかもしれません。

高級なギターアンプはパワー管1本ごとにバイアス調整ができるものがあります。 適切にマッチングされプッシュプル・バランスが取れた状態では低域の周波数レンジが広がり,ダイナミックレンジ(ヘッドルーム)も大きくなります。

●1次インダクタンス

低域側のカットオフ周波数を決めます。 出力管のプレート内部抵抗と1次インダクタンスによって低域側のカットオフ周波数が決まります。 1次インダクタンスは動作条件によって変動するものなので見積もりが難しいです。

NFBを多量にかける場合は1次インダクタンスに注意して設計しないと低域が発振する可能性があります。 低域発振はウーハーがボコボコとゆすられるのでモーターボーティングといわれています。 低域発振を防ぐためには各段の時定数同志の比率(スタガー比)を十分取る必要があります。

とはいえ,ギターアンプの場合は低域の時定数は2次ですので,対策の必要は無く,低域発振に対して神経質になる必要はありません。


種類と供給

ギターアンプ用のトランスでは「マーキュリー・マグネティクス(Mercury Magnetics)」が一歩ぬきんでています。 ギターアンプ用として「安けりゃいいじゃん」的な姿勢ではなく,トーンを大切にしている姿勢が好印象です。 もちろんトーンだけでなく,定量的な設計データをもとにクローンを作っているようです。

米国ウエーバー(WEBER)では自社ブランドと,フェンダーのトランスを作っているといわれている「HEYBOER(ヘイバー?)」,マーキュリーを扱っています。

最近カナダの「Hammond(ハモンド)」からもギター用のOPTが発売されました。 ハモンドは昔から真空管用のトランスを作り続けており,オーディオ界では有名です。

FUCHSはオーディオ用で高名な「マグネクエスト(Magnequest)」のトランスを使っているとアナウンスしています。

かつてフェンダーに使われていたという「TRIAD」や「STANCOR」というメーカーは存続はしていますが,ギター用のトランスは作っていないようです。

初期のMarshallに使われていた「Radiospares」という会社は現在の「RSコンポーネンツ」だそうです。 RSコンポーネンツ自体が商社ですから,トランスは「ALBION」や「PARMEKO」などのOEMのようです。

国産では「ノグチトランス」がギターアンプ用と称してOPTを発売しています。 補足:

2022年補足:アテネ電機というメーカーがギターアンプ用トランスを作ってくれるみたいです。 国産真空管アンプの「SHINOS AMP」がここのトランスを使っています。 あと,B'zの松本さんが使っている「FAT」のアンプで使われているようです。 今度特注してみようかな。

ギターアンプ用のトランスは高度な技術を必要しません。手間はかかりますが。 やはり音色優先でトーンに愛情の深いマーキュリー・マグネティクスが一番でしょう!!高いけどね(汗) わたしには高すぎて手がでません。。日本でも販路を拡大して安く入手できるようになることを祈っています。

国内でギターアンプ用のトランスを入手する場合はギャレット・オーディオさんが品揃えがよいです。海外だとAESかな。

ボビンが紙だとよいとか,含侵材で音が変わるとか,そもそも鉄心や巻き線の金属素材が違うとかいろいろありますが,考えない方が健康的です。 びっくりするほど音は変わらないものです。


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