真空管の仕組みと寿命・劣化

2022/06/22初稿


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先日オークションで中古球を入手しました。 ゲッターが少し減っているように見えましたが、ゲッターが少ない時代もありましたので気にしませんでした。 電源を入れたら火を噴いた!!ってことはなく、普通に使えました。

真空管は寿命があると言われています。使用中に徐々に劣化すると言われています。 どのくらいの使えるのか、いつ交換すればいいのか、イマイチわかりません。使える球を捨てるのも勿体ないし。


MT管(五極管)の内部構造説明(RCA受信管マニュアル RC-15 改変)

1−ガラス・バルブ
2−内部シールド板
3−プレート(陽極)
4−サプレッサー・グリッド
5−スクリーン・グリッド
6−コントロール・グリッド(格子)
7−カソード(陰極)
8−ヒーター
9−排気端
10−ゲッター
11−頭部シールド・スペーサー
12−絶縁スペーサー(マイカ)
13−シールド・スペーサー
14−内部ピン・シールド
15−ガラス・ボタン・ステム
16−リード・ワイアー
17−ベース・ピン
18−ガラス金属密閉部(ジュメット線)

序:無機物が劣化するのか?

そもそも、真空管というデバイスは金属とガラスとマイカといった無機物で作られます。 真空管は通電しなければ劣化しないと言われています。 しかしどうやら通電すると徐々に劣化が進むらしい。そして、やがて機能を失い交換が必要となる。

なぜ劣化するのか?劣化は不可避なのか?寿命を延ばすことはできるのか? 疑問を持って調べてみました。わかってきたことを整理しておこうと思います。

序:真空管の設計パラメータ

真空管は真空中を飛び回る熱電子を制御して増幅効果を得ています。 この熱電子を正しく制御するためのパラメータ(要素)を列挙してみます。

・各電極の形状と位置:物理的設計パラメータ
・陰極温度と表面の仕事関数:熱電子放出の化学的要素
・高い真空度が得られていること:まともに作られていること
・各電極の電位差:真空管の動作を決定
・各電極の接続と絶縁が確実であること

逆に考えると列挙した要素が一つでも欠けたり不十分だと所望の性能が得られません。

これらの要素の劣化を「1:化学的な劣化」と「2:機械的な劣化」の二つに分類してまとめてみました。

ついでに拡張して「3:寿命を延ばす使い方」と「4:真空管使用可否判断」も整理してみました。

1:化学的劣化

化学的劣化は使用と共に徐々に劣化が進行する本質的な寿命という意味合いで分類しました。

主にカソードのエミッションに関わる変化が主要因ですが、副次的に絶縁低下や真空度低下を引き起こします。

本質的な寿命は真空管を設計する際に計画され、製造過程で作り込まれる寿命です。 カソード素材の各原材料の割合、塗布方法や熱処理など、長寿命を実現するためには多くの決まりがあります。 グリッドワイアやプレートに使われる金属素材の成分、熱処理や表面処理、加工方法、加工後の熱処理などにも多くの配慮が必要です。 それだけなく、組み立て後の活性化条件(アクティベーション)や枯化条件(エージング)の設定時間や温度によっても寿命は変化します。

こういった設計要素や製造ノウハウは多くの実験と実績に基づいて決められています。 正しい工程順序で正しく動く工作機械を使い正しい工法によって作業することで設計時に計画した長寿命が実現されています。

人間でいうと老化です。無難な人生を歩んで得られるそこそこの寿命です。

1-1:カソード・エミッションと性能

カソードの劣化による性能低下

真空管はカソード(陰極)が熱せられて熱電子を放射(エミッション)することで動作します。 分かりやすくするため整流管(二極管)で考えます。 カソード電流(熱電子の放出量)はアノード(陽極)の電位、カソードの表面温度、エミッション物質の仕事関数で決まります。


二極管のカソード電流特性

アノード電圧を高くしていくとカソード電流が増えていきます。 電流の増え方によって「空間電荷制限領域」と「温度制御領域」の二つに区別します。

「空間電荷制限領域」ではアノード電圧を高くするとカソード電流が増えていきます。 電流が少ない領域はこの動作になります。高電圧をかけて電流を多く流すと熱電子のエミッションが飽和して「温度制御領域」に入ります。

「温度制御領域」ではカソード・エミッション量が限界に達して電流が飽和します。 温度制御領域の飽和限界点はカソード温度、つまりヒーター電流によって変化します。

三極管のカソード・エミッションも同様の考え方です。 線形性を保ち、安定した性能を発揮するためには空間電荷制限領域内での動作が基本となります。 温度制御領域で使用するとカソードが飽和のために線形性が失われてプレート特性曲線が寝てきます。 増幅度(Gm)は低下して歪みは増加します。しかも温度やヒーター電圧によって性能が変化するという不安定な状態に陥ります。

カソード・エミッションに余裕があることが真空管の増幅動作には不可欠なので、カソード・エミッションは重要視されます。


カソードの構造(Fig.1−直熱管、Fig.2−傍熱管)

直熱管ではヒーターのフィラメントそのものがカソードとなり電子を放射します。 一方、傍熱管ではヒーターによって過熱されたカソード・スリーブの表面から電子を放射します。 両者の構造や原理の違いから、エミッション劣化のメカニズムも違います。

傍熱管のカソードと寿命

傍熱管に使われる酸化物カソードの作り方を簡単に説明します。

基体金属となるニッケルで作ったのパイプ状のカソード・スリーブの表面にニトロセルロースに溶いたバリウム(Ba)やストロンチウム(Sr)の炭酸塩(BaCO3, SrCO3)を主成分とする酸化物を塗布します。 ニトロセルロースは金属表面に酸化物を塗布するためのバインダーとして使われます。 Baは仕事関数が小さく熱電子のエミッションが良いのでカソードに使われています。


カソード表面の模式図

パイプ状のカソード・スリーブには絶縁されたヒーターが挿入されます。 組み立て後の排気工程においてカソードを加熱することで熱分解によりBaCO3=BaO+CO2となりCO2はガスとして排気されます。 同時に酸化物のバインダーであったニトロセルロースは分解されて蒸発します。 さらに基体金属中に含まれるMgやSiといった還元性物質により2BaO=2Ba+O2と還元されて遊離したBa単体がカソード表面に析出してエミッションを得ます。 この加熱操作を活性化(アクティベーション)と呼びます。この瞬間に傍熱真空管は命が吹き込まれるわけです。


酸化物カソードの表面写真(電子顕微鏡)

カソード中間層の生成によるGm低下

カソード・スリーブの基体金属には炭酸塩(BaCO3)を還元するための物質(Mg、Si、Alなど)を含ませておきますが、 これら還元性元素がスリーブ表面で酸化されると塗布したカソード層との間に酸化物層が生成されてしまいます。 Ba2SiO4が代表的物質と言われています。 この酸化物層を中間層と呼びます。この酸化物層は抵抗値を持つため電子の動きを阻害して悪影響を及ぼします。

中間層は使用中にも徐々に生成されます。特にグリッド電位が低く熱電子の放出が少ない場合およびカソード温度が高い場合に中間層生成が進みます。 生成された中間層は高い抵抗値を示すためカソードへ抵抗器を挿入することと等価になります。 結果としてカソード抵抗の増加による負帰還効果によりGmが低下してプレート特性曲線が寝てきます。

なお、長時間カットオフして使用することが前提のコンピュータ管は中間層生成を抑える工夫が施されています。


カソード表面の模式図

模式的なモデルによると、基体金属(Base Metal)表面に中間層(Interface Layer)が挟まることによって、カソード表面(Emitting Surface)までの抵抗値が増加するとされています。 しかし、この模式的モデルは酸化物中を電子が流れており不自然です。

実際は酸化物が粒状であることが重要で、小石の間から染み出る地下水のように、粒状の酸化物の隙間から電子が染み出てくるのだと思います。 そして、中間層は小石の隙間を埋める苔のようなもので、苔が徐々に成長することで電子の流れを阻害するのでしょう。

酸化物カソードのエミッション低下

酸化物カソードの特性は使用していくうちに変化していきます。 製造時の活性化によって生じたエミッション物質は徐々に蒸発していきます。 使用中も還元作用は継続するのでエミッション物質は供給されますが、同時に中間層も生成されます。 エミッション物質の消滅は微細で局所的ですが病巣のように徐々に拡大することで部分飽和が発生してプレート特性曲線が寝てきます。

エミッション低下と中間層の成長

小石と苔の関係でイメージをさらに膨らませてみましょう(汗)。

小石の表面に密生して水分を飛ばす(イメージの)「杉苔」がエミッション物質ではどうでしょう。 小石の隙間を埋めて水の流れを悪くする(イメージの)「銭苔」が中間層というわけです。 製造直後は活性化によって大量の杉苔が発生して盛んに水分(電子)を飛ばしますが、やがて銭苔が徐々に繁殖すること水の流れ(電子の流れ)が悪くなり杉苔が淘汰されてエミッションが低下していくという。

・・・こんなイメージではどうでしょう・・・余計にわからんか。

過熱はよろしくない

カソード温度が高いと中間層生成が促進されると共にBa結晶粗大化が進むためエミッションに影響するそうです。つまり寿命が短くなります。 ヒーター電圧は規定値を守ることが基本です。電圧が低ければエミッション不足となる可能性があります。ただし、バラつきを考慮してヒータ電圧を設定する場合はどちらかと言えば低めに調整する方が無難だそうです。

劣化の予見

劣化すると中間層の抵抗値増加の影響でGmが低下してプレート特性曲線が寝てきますが、真空管テスターで表示されるGmは値は部分的な測定値なので全体像を示していません。 実使用領域でのGm低下や温度制限領域のエミッション低下を確認したくなりますが、そのためにはカーブ・トレーサーという専門の測定器が必要になります。しかし、真空管用の高電圧に対応したカーブ・トレーサーは絶滅しているわけです。 自らの手でカーブ・トレースするのはかなり大変なので簡易的に劣化を把握できる真空管テスターが重宝されています。

傍熱管カソードの中間層生成や部分飽和によるGm低下はカソード温度が低いと露呈しやすいという特徴があります。 これを利用して劣化を予見的に検出する手段として人為的にヒーター電圧を下げて活性度の変化を観測する方法が考えられます。 と参考文献に書いてありました。やってみたことないですが。

直熱管のフィラメントと寿命

直熱管のエミッション低下

トリエーテッド・タングステンのフィラメントは酸化トリウムを含むタングステン線の表面に炭化層を生成して作られます。 フィラメント中の酸化トリウムがフィラメント表面で炭素によって還元され単体トリウムとして表面に析出して熱電子を放出します。 表面に析出したトリウムは徐々に蒸発して失われていきます。フィラメント内の酸化トリウムか還元剤である炭素が尽きるとエミッションが低下します。 エミッションの低下はプレート電流の減少として現れます。 製造時に行われるアクティベーションと同様な再活性操作によって一時的にエミッションを回復することはできますが一時しのぎにすぎません。


直熱管フィラメントの断面図(トリエーテッド・タングステン)

1-2:ガスとガス電流

真空管製造の排気工程では電極が赤熱するまで十分に加熱することで金属やガラスが吸着しているガスを放出しながら排気を行います。 そしてバルブ封止後にゲッターを加熱して蒸発・拡散することで活性化されたゲッターが残留ガスを吸着して必要な真空度に達します。

しかし完全ではありません。真空管内には排気工程で取り切れなかった残留物質や動作中に発生する物質がガスとなって漂っています。 これらのガスは原子や分子ですのでこれに電子流が衝突するとイオン化された荷電粒子となり電極へ引き寄せられて衝突します。荷電粒子ですので電流として現れます。 このようなガスの発生に伴う余計な電流をガス電流と呼びます。ガス電流は動作点を狂わせたり不規則に発生するノイズの原因となります。

グリッドに荷電粒子が飛び込むとグリッド電流となります。 ガス電流によるグリッド電流はプレート電圧とプレート電流に比例します。 グリッドの初速度電流とは逆向きに流れるため、ガス電流はグリッド逆電流とも呼ばれます。 グリッドのバイアス抵抗値に比例してバイアスを浅くする方向に動作点変動を引き起こします。

カソードからの蒸発物とイオン電流

過熱されたカソードからは金属元素や酸化物が徐々に蒸発してガスとして管内に放出されます。 蒸発物が陽イオンの場合はグリッドに衝突します。このガス電流を特にイオン電流と呼び、カソード温度が高いほど多くなります。

また、蒸発した金属元素が絶縁体であるマイカへ堆積すると絶縁性の低下を引き起こして漏れ電流の原因となります。

プレートやスクリーン・グリッドからのガス発生

プレートやスクリーン・グリッドには高エネルギーの熱電子が飛び込んできますが、損失が大きくなると電極が過熱します。 電極が赤くなるほど過熱(赤熱)すると排気工程で放出しきれなかった電極中の残留ガスが放出されてしまい真空度が低下します。

ゲッターによるガスの吸収

ゲッターは真空管表面の銀色の部分です。真空管の頭頂部や側面などにあります。バリウム・ゲッターが代表的です。 ゲッターは動作中に発生する余分なガスを吸収してくれます。 排気・封止工程の最終段階でゲッターのみを高周波加熱すると金属反応による発熱でフラッシュ現象が発生してバルブの内側表面にバリウムが飛び蒸着されます。

ゲッターは動作中に発生するガスも吸着して酸化物となり徐々に減っていきます。 ゲッターの淵が変色していたり、ゲッターが薄くなっている真空管が寿命だと言われるのはこのためです。 真空管内部に空気が入ってしまった場合はゲッターが完全に酸化して真っ白になります。


KIC・ゲッター(通称:Dゲッター、スクエアゲッター)

リング・ゲッター(通称:ハロゲッター)

1950年代初頭は棒状のKICゲッターが一般的でしたが、50年代後半にはイタリア人によって発明されたリング・ゲッターが一気に普及しました。

1-3:グリッドエミッション

グリッドは高温のカソードに近いため、温度が高くなりやすく熱電子を放出しやすい条件となっています。 さらにカソードから蒸発したエミッション物質がグリッドに蒸着してきますので、グリッドからの電子放出が助長されます。

グリッドからの電子放出をグリッド・エミッションと呼びます。グリッド温度とプレート電圧に比例するグリッド電流となります。 プレート電流がカットオフしてもなお流れ続けるのでガス電流と区別可能だそうです。 グリッド・エミッションはバイアスを浅くする方向の電流となります。

グリッド・エミッションを防止するためにはグリッド・ワイアへの金メッキ実施が知られています。

熱暴走

グリッド・エミッションが大きくなるとグリッド電流によって動作点が徐々にずれていきます。 動作点変動はバイアスを浅くする方向なのでカソード電流が増加します。 カソード電流の増加はプレート損失の増加となり、真空管全体の温度が上昇してさらにグリッド・エミッションが増加します。

カソード電流の増加と温度上昇はイオン電流を増やします。 イオン電流はバイアスを浅くする方向に流れるためさらにカソード電流が増加します。 カソード電流が多く流れると温度が上昇し、さらなるガス発生を助長するのでガス電流も増大します。

これらの作用がある一定のラインを超えると真空管は熱暴走してしまいます。 熱暴走を起こすと電流増加と温度上昇に歯止めが利かなくなり加速度的に過熱が進みます。 ガラスや金属が吸着しているガスが多量に放出されゲッターを消耗します。 真空度の低下が限度を超すと故障となります。

参考:スパークの発生

電源投入直後に発生する局部的な過負荷や一時的なガスの発生によって内部放電(スパーク)が発生することがあります。 特に過酷な動作で高温になりやすい整流管やパワー管でスパークが発生しやすいです。 スパークによるホット・スポットがさらなるガス発生を助長して連続的なアーク放電に至ることもあります。

大きなスパークが発生した時にヒューズが切れれば真空管の故障だけで済みますが、大電流が流れるため周囲の抵抗が燃えたりトランスが過負荷になるなど、周囲の部品を巻き込んで故障することがあります。

2:機械的劣化

機械的な劣化は断線や破損といった事故的な不良という意味を込めて分類してみました。

事故的不良は製造時に作りこまれ、使用開始直後に初期不良として現れることが多いです。 素材の不均一性や不純物、処理や加工時のムラ、作業手順の些細な変化によって微細な瑕疵が作りこまれてしまいます。 これらの瑕疵は工程管理によって予防し、エージングと検査を正しく実施することで発見することができます。 したがって事故的不良の少なさは工場の品質管理の高さを証明することになります。

ただし、正しく作られていても、輸送時や使用時の振動・衝撃によって壊れることもあります。

人間でいうと怪我ですかね。無難に生きていても犬も歩けば棒に当たるわけで、突然寿命を迎えるわけです。

2-1:真空管の構造と破壊

真空管は金属電極をスポット溶接やカシメで接合して土台となるステム上に積み上げて作られます。 ステムはガラスを貫通して外側へ電極を引き出すためのベース部分です。 ステム部分にはガラスと融着して気密を保つための特殊な金属合金で作られたジュメット線が使われます。 ステムのリード・ワイアに絶縁用のマイカを乗せます。マイカには精度良く打ち抜かれた穴があり、そこに電極をはめ込み、カシメやスポット溶接によって固定していきます。 その構造体をガラス・バルブに収納し排気・封止します。これら構造体のどこかが破壊すると故障となります。

電気的不良

接続不良、内部断線

電極同士の電気的接続が失われればオープン故障となります。 例えばステムに並んだリード・ワイアにプレートを主とする金属電極をスポット溶接して組み立てますが、このスポット溶接が外れればオープン故障となります。

絶縁不良、内部短絡

電極が意図しない変形を起こして電極同士が接触してしまうとショート故障となります。 内部に混入している異物や使用中に脱落した物質によって絶縁が低下することも考えられます。

ヒーター断線

ヒーターは真空管のエネルギー源であり、動作温度が最も高い部品です。直熱管フィラメントの動作温度は1700℃前後と言われています。 ON/OFFのたびに発生する伸縮を吸収できるようにフィラメントはスプリングや釣り竿状の金具で支持されていますが、電球が切れるがごとくフィラメントに弱い部分があれば損失集中を起こして断線してしまうことがあります。 傍熱管は直熱管よりも動作温度は低く1000℃前後と言われています。温度ストレスはその分少ないですがもちろん断線のリスクがあります。

傍熱管におけるヒーター・カソード短絡

傍熱管のカソードはヒーターによる過熱で熱電子放射能力を発揮するため、両者は非常に近接しています。 ヒーターはアルミナなどの高温に耐える絶縁材でおおわれていますが、この絶縁が破れるとヒーター・カソードの短絡故障となります。 ヒーター・カソードの電位差が大きいまま長期間使い続けると徐々に絶縁破壊が進みます。 短絡が起きる以前に漏れ電流が発生して「ジュルジュル」といったノイズの発生につながります。 データー・シートに示されたヒーター・カソード耐圧を守ることはもちろんですが、ヒーターとカソードの電位差が小さいほど故障しにくくなりますので、適切なヒーター・バイアスを与えてやることが対策となります。

ピンやベース部分での絶縁劣化

真空管はガラス、金属はもちろん、ベース部分には樹脂やセラミックが使われています。 ガラスは腐食や劣化のリスクは少ないですが、ベース使われる樹脂は劣化します。 樹脂が劣化する原因は光、熱、湿度、化学物質(油脂類、溶剤、可塑剤)ですので保管時も注意します。 セラミックは化学変化による劣化の心配はありませんが、多孔質なので吸湿による金属マイグレーションで絶縁不良を起こすリスクがあります。

あとはカビ。ガラス、樹脂、セラミックいずれにせよ、高湿環境での保管はカビ発生のリスクが高いです。ベタベタしてる真空管は嫌です。

ピンとソケットの接触不良

ピン表面の錆びや酸化は導通不良の原因となります。

真空管ソケットはバネ接点ですが、何度も挿し込むうちにバネが緩んで接触不良となることがあります。 また、ピンの太さはバラつきがあり、たまに妙に細く抜けやすい真空管に出会うことがあります。 逆にピンが太くソケットに入りづらいこともあります。太いピンの真空管から細いピンの真空管に交換すると接触不良となりがちです。

機械的不良

気密劣化

ガラスが破損して外気が入れば真空管としての能力を失います。 排気・封止時に発生するガラス内の残留応力と電源ON/OFFの熱応力の繰り返しによって自然とガラスにヒビが入ることがあります。

気密を保っているステムのジュメット線も重要です。 ステム部分には高電圧がかかっていますので、電解によってガラスから鉛樹が析出し、リークや破損の原因となることがあります。ジュメット線が黒く変色していたら注意です。

ステム部分を破損させないために真空管交換時は垂直を維持して少しづつ引き抜きます。

なお、ゲッターが白くなっていたらガラスにヒビが入っている印ですので、取り扱いに注意しないと割れて怪我します。

勘合部品のゆるみによるノイズ発生

金属板とマイカをカシメている勘合部分に「ゆるみ」が発生することが考えられます。ゆるんだワイアが振動することも考えられます。 通常はこれらの「ゆるみ」がノイズとならないように管理・選別されていますが、使用していくうちにゆるみは進行します。

ゆるみにつながる原因のひとつが繰り返しの熱応力による変形です。 電源をON/OFFで「ピキピキ、ピシピシ」といった音が聞こえることがあります。 熱膨張率が異なる部品を組み合わせているので温度変化による部品の伸び縮みが微細なズレとなり軋み音として出てきます。

スピーカーとアンプが一体となったコンボ形式のギターアンプではスピーカーからの音圧による振動が加わります。 また、輸送時に加わる振動が原因となることもあるでしょう。

電極のゆるみは電極の振動となり、マイクロフォニック・ノイズの発生原因となります。

ピンの変形や破損

ソケットに挿すためのピンが破損すると使用できなくなります。 ピンが曲がっている場合はラジオペンチで修正してから挿入します。

GT管のベース破損

ベースのゆるみは耐熱性のある接着剤やパテで固めることで修復できることがあります。 ベース内での断線はピン部分をはんだ付けすることで修復できることがあります。 中央部のキーが折れていると本来とは異なる位置に挿入できるてしまい事故につながりますから要注意です。

3:寿命を延ばす使い方

設計上の注意 :電圧定格を守ること、ヒーター・カソード定格を考慮していない回路図もあるので注意
設計上の注意 :プレート損失を規格値の70%程度に抑えること、古い回路図は真空管に厳しい
設計上の注意 :コントロール・グリッドの抵抗値は、大きいと熱暴走のリスクが高くなる
設計上の注意 :スクリーン・グリッドの抵抗値は、小さいと過電流や異常放電のリスクが高くなる
保管・運搬の注意 :振動や衝撃に注意すること、熱い球は特に注意、冷ましてからハンドリングする
使用上の注意 :過熱しないように風通しを確保し通風孔をふさがない、管壁温度は200℃が目安、250℃を超えないこと
使用上の注意電源ON/OFFのストレスを考慮、15分以内の休憩ではスタンバイスイッチのみOFFする
使用上の注意 :ヒータ電圧は規定電圧を守ること(特に直熱管のフィラメント)
メンテナンスの注意 :真空管の抜き差しは慎重に垂直に、GT管を抜くときはベースを持って抜く
メンテナンスの注意 :ベース、ピン、ソケット部分に異物が付着していないか使用前に確認

4:真空管の使用可否判断

外観的異常

  • ガラスにヒビや割れはないか
  • 銀色のゲッターは十分残っているか
    ・銀色のゲッターが見当たらず、ガラス表面に白い曇りがある場合は全く使えない空気管
    ・銀色のゲッターの淵が虹色になっている程度はOK、薄く茶色になっている場合は使い古されている
    ・まれに黒いゲッターもあるがこれは正常
  • ガラスの内側に変色や汚れが無いか
  • 電極表面に部分的な変色が無いか
  • マイカ表面が清浄か
  • ガラス表面のプリントがひどく変色していないか(経験的に多少の黄変があっても問題ない)
  • 内部に粉や異物が多量に落ちていないか
  • ピンに異常がないか
    ・錆びていないか
    ・変形していないか
    ・異物が付着していないか
  • ベースが劣化していないか
    ・変色が無いか
    ・ひび割れや破損がないか
    ・カビが生えていないか

機械的異常

  • ピンやベースにゆるみはないか
  • 軽く振ってみてカラカラと音がしないか

電気的異常

  • 長期保管した真空管はヒーターのみ通電し、様子を見てから試験する
  • ヒーター電流は正常か
  • 動作点は正常か・プリアンプの場合
    ・カソード電圧が低くないか(正常品の10%減は使える)
    ・グリッド電圧がプラス数mV以下(+10mVはギリOKかな、100mVを超えるのは異常、ただし意図的にグリッド電流を流す回路は例外)
  • 動作点は正常か・パワーアンプの場合
    ・カソード・バイアス回路 :カソード電圧が低くないか(正常品の10%減はよくあるが、歪みが増加しているかも)
    ・固定バイアス回路 :プレート電流が調整可能範囲であること(調整できれば一応使えるが、パワーは出ないかも)
    ・グリッド電圧がプラス数百mV以下(+1V以上はビビる)
  • 特性劣化はないか
    ・ゲインの低下(もっともわかりやすい劣化)
    ・最大出力の低下(ダミーロードでの測定が必要)
    ・歪の増大(測定器が必要)、耳ではわかるほどの異常があればすぐに交換必要
  • 無音で1時間以上通電して異常過熱したりプレート電流が増え続けないこと
  • 最大出力状態で安定しているか(オーディオ・アンプは数分以内が現実的、ギターアンプなら15分は見ておきたい)
  • ノイズ発生ないか、ボソボソ、ジュルジュル、ブーン、キュルキュルなど
  • マイクロフォニックノイズ、割りばしでつついて 最も敏感に反応する球が不良と推測する
    ・カンカン、キンキン、ヒンヒン(よくある、球の個性として認めるべき)
    ・ガサガサ、ゴソゴソ(まあ許せる範囲)
    ・バリバリ、バキバキ(やや危険、CR部品の接触不良の可能性もある)
    ・ドン、ドカン(危険、ピンとソケットのゆるみを疑う)
    ・バキューン、ワオ!(あったら面白いが経験なし)

できれば確認してみたいこと。でもどうすればいいのだろうか。
プレート特性曲線の大電流部分でエミッションの飽和が無いこと。
中間層抵抗の増大によりGmが低下していないこと。
グリッド電流を測定してガス電流・グリッド・エミッションが少ないこと。
ヒーター電圧を高くしてグリッド電流が増加しないこと。
ヒーター電圧を低くしてGmとプレート電流の変化率が小さいこと。
やったことないので簡単にできる方法があればうれしいが、これを考えるのが次の宿題。

5:真空管ライフ

信頼性工学においてはバスタブカーブと呼ばれます。

多数の真空管を同時運用しながら故障率を観察していくとまず初期不良が多発する期間があります。 初期不良は製造時に作りこまれた些細な瑕疵が原因となります。

新品でもエージングすることによってこれらの不良が見つかることがあります。 マクロフォニック試験で大きなノイズを出す真空管は電極のゆるみや接触不良を持っているかもしれません。 エージングや選別にはそれなりに意味があるということです。

初期不良がおさまった後、比較的故障率が低い期間が長期間続きます。よい球は長持ちするわけです。

やがて陰極の消耗によってエミッションが低下し、Gm低下、最大出力の低下、歪増加の症状が出てきます。 再活性操作(短時間ヒーター電圧を上げる)によって多少のエミッション回復が望めますが一時的です。

ゲッターだけ再加熱してガス電流を減らすとか、グリッドをスパッタしてグリッド・エミッションを減らすとか、できたらよいのですが挑戦したことないです。

今市場に流れているビンテージ管は中古球の可能性が高いです。 真空管テスターで試験OKでもそれは「音が出る」程度の情報しかありません。会社で受ける健康診断と同じレベルです。病気ではないねのレベル。

と、考えれば考えるほど真空管の人生って人間味にあふれてる。組み立て、活性化、封止、長時間のエージングに耐え、検査・選別され、そして世の中に出て働く。 意地悪な人に頭を小突かれても文句を言わず。トラックの荷台で揺られ。 箱から出された瞬間は目一杯の愛想を振りまき、じろじろ眺められたあと、ユーザー様のアンプにおさまり黙々と音楽を奏でる。 運が良ければオーディオアンプで見栄えのする場所。運が悪ければギターアンプの裏側で酷使。スピーカーの音圧で頭がクラクラ。 優秀な新人やブランド物が来たら席を取られて棚上げ箱入り日の目見ず。と。

という自分自身も各部の軋みとエミッション低下を感じる。

2022/09/30:ちょっと加筆修正

6:参考文献

  • 解説と演習 電子回路(1)(コロナ社)
  • 無線と実験(MJ):真空管製造学入門(誠文堂新光社)
  • 直熱型整流管用酸化物被覆陰極の研究"https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsms1963/17/182/17_182_1028/_pdf"
  • 酸化物陰極の動作条件と寿命"https://www.jstage.jst.go.jp/article/oubutsu1932/28/4/28_4_181/_pdf/-char/ja"
  • 電子管材料の表面処理"https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj1950/14/8/14_8_292/_pdf/-char/ja"
  • 電子放出低下による電子管寿命について"https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejeiss1972/92/2/92_2_63/_pdf"
  • 直熱型整流管用酸化物被覆陰極"https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsms1963/17/182/17_182_1028/_pdf"
  • 酸化物陰極の抵抗について"https://www.jstage.jst.go.jp/article/oubutsu1932/25/7/25_7_283/_pdf"
  • ゲッター今昔物語(上)"https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvsj1958/9/3/9_3_98/_pdf/-char/ja"
  • ゲッター今昔物語(中)"https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvsj1958/9/2/9_2_66/_pdf/-char/ja"
  • ゲッター今昔物語(下)"https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvsj1958/9/3/9_3_98/_pdf/-char/ja"
  • 増幅器の作り方(1)"https://www.jstage.jst.go.jp/article/oubutsu1932/20/8-9/20_8-9_308/_pdf/-char/ja"
  • 東芝オーディオ用真空管 TOSHIBA AUDIO TUBES-1967"http://www.grandpas-shack.com/workshop/OldBooks/index.htm"
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  • 日立評論:1958_ex_27_1,_受信管の信頼性
  • 日立評論:1959_10_00_gijyutsusya,受信管使用上の注意
  • 日立評論:1960_02_00_gijyutsusya,高信頼管の特色と使用方法
  • 日立評論:1964_02_14,酸化物陰極中間層の性状について
  • 「松下真空管ハンドブック 真空管の劣化、故障」の一部
  • https://www.ne.jp/asahi/myamada/tube/shicopy/6ca7_2.gif

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